恋の歌を歌うツノゼミ
コスタリカ昆虫中心生活
9月から10月は、日本でスズメバチの仲間が活発に子育てをし、周囲に敏感になる時期だ。ヒトは不用意に巣に近づかないようにしないといけない。
今回は、そんなスズメバチやアシナガバチ(スズメバチ科)に擬態しているツノゼミを紹介しよう。ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(Heteronotus trinodosus)という種だ。
ヘテロノトゥス属のツノゼミは、コスタリカを含む熱帯アメリカに生息していて、これまでに40種ほど記載されている。ツノゼミの中でも大きめの種が多い。属名のヘテロノトゥスは「かたちの異なるツノ」といった意味で、この属のオスとメスでツノのかたちが少々異なることにたぶん由来するのだろう。メスに比べてオスのツノは、後方が少し大きく膨らんでいる。
このヘテロノトゥス属40種にはいろんなタイプがいて、アリっぽいものや、蛍光色の色鮮やかなものもいる。今回紹介するヘテロノトゥス・トゥリノドススのように、ハチに擬態しているものもそこそこいる。
このツノゼミは、複雑にくびれたツノがハチの胴体を思わせるほか、透明な翅(はね)や、やや長めの脚もハチそっくり。さらに、せわしなく葉や枝の上を飛んでは歩きまわる様子など、見た目だけでなく、動きもハチに似ているのだ。
求愛の季節になると、1本の木にオスとメスがたくさん現れ、オスはメスを求めて木々のあちこちをちょこまかと移動する。飛ぶときの羽音もハチそっくり!
そしてオスはメスを追いかけ、メスの周りに集まって、「恋の歌」を奏で始めるのだ。胴部とツノを上下に激しく震わせ、その振動を枝を介してメスに伝えるのである。鳴き声や鳴くときの行動はそれぞれのツノゼミの種や状況で違うけれども、ツノゼミは「恋の歌を歌う」のである。ヘテロノトゥス・トゥリノドススのオスの鳴き声は、フーポッ!フーポッ! や、ゥルルポポトトトッ!ゥルルポポトトトッ! と、SF映画の宇宙人から届く信号のようだ。
脱皮して成虫へと羽化する前のツノゼミの幼虫は、その特徴であるツノを外骨格内にしまっている。複雑で長いツノを格納したヘテロノトゥスの幼虫は、いったいどんな姿をしているのか。気になったので、求愛活動現場となっていたマメ科の木を別の時期に探してみることにした。
枝や葉をくまなく探すと、それらしき幼虫の抜け殻が見つかった。頭の後ろ、胸部の上の部分が盛り上がり、少し後方へと伸びている。ここに「ツノがしまわれていた」ようだ。
さらに探すと、オオアリたちが集まっている場所があった。よく見てみると、そこには小さなツノゼミの幼虫たちが6匹固まっていた。アリたちがいても、そこに幼虫がいることがわからないぐらい上手く木の表面と一体化している。
いつの日か、ヘテロノトゥスの幼虫たちが羽化する瞬間に立ち会って、ツノを伸ばしてオオアリより大きくなる姿を見てみたいものだ。
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年9月20日付の記事を再構成]
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