野田秀樹さんに聞く五輪 「出会いの記憶、レガシー」

文化が「混流」することで互いが溶け合う

オリンピック・パラリンピックは文化の祭典でもある。2020年の東京大会に向けた文化プログラムのひとつ「東京キャラバン」を手がけるのはNODA・MAPを主宰する劇作家、演出家、俳優の野田秀樹さん(60)だ。文化のキャラバン(隊商)はメンバーを変えつつ、人と人との出会いの場を生みだす。リオデジャネイロに遠征し、仙台市、福島県相馬市を巡って今月21、22日には東京の六本木ヒルズにお目見えする。

野田秀樹さん(写真、岡村享則)
のだ・ひでき 劇作家、演出家、俳優。1955年長崎県西海市生まれ。東大法学部中退。大学在学中から演劇活動に取り組み、劇団夢の遊眠社を率いて80年代に人気を博する。英国留学後、93年にNODA・MAPを設立。2009年、東京芸術劇場の芸術監督に就任。「THE BEE」が日英で賛辞を集めた。

「神出鬼没、リオで旗揚げした文化旅団がどこかから現れる。生活の場にハレの場が突然出現する。東京都の文化評議会で五輪の文化プログラムを議論したとき、そんなアイデアを話したら、やってみようとなった。週末とか月1回とか、街に出現できたら、いいですね」

「東京スカパラダイス・オーケストラ(スカパラ)の人たちがNODA・MAPの芝居を見に来てくれたとき、楽屋で東京キャラバンのことを話したら、本当にリオまで来てくれました。ブラジルからアート・リンゼイというアーティスト、カポエイラ、ジョンゴという伝統芸能の人たちが加わり、東京からは能楽師の津村禮次郎さん、NODA・MAPの舞台の常連パフォーマーが駆けつけた。パブリック・ビューイングのある広場の歴史的建造物が公演場所。中庭に200人、300人とお客さんがひっきりなしに来てくれた。リオと東京は地球の真反対だから、地面を掘り続ければ、きっと出会う。そんな子供の妄想を筋立てにしました。物語といっても詩的なイメージだけだから、言葉の壁はなかったです」

「異なる文化の間でどこに共通点があるか。それを探すのが楽しい。似てないものがぶつかり合うのも面白い。カポエイラの踊りは少林寺の拳法とか似たようなものもあるかもしれないけれど、日本人にはなかなかできない動きです。スローモーションのように手足が動き続ける。カポエイラが入ってくると場の空気が変わり、日本のパフォーマーたちも自然と全員スローモーションになります。不思議な調和がありました。ブラジルのお客さんの熱い声援を受けていいものができました」

互いが打ち解ける感覚を「溶ける」という言葉で表す。

「リオで覚えたのは、相手に普段やっていることをまず見せてもらうこと。それは強引に取り入れるものでもないし、無理に変更させるものでもない。その姿勢は相馬市でも貫いた。相馬野馬追いの伝統芸能は誇り高い。自分たちを崩したくない。僕のコラボレーションは、その誇りを傷つけたくない。何もしたくなければ、それでいいんです、と。ただ、こちらが汗を流していると、少しだけ手助けしようかと入ってきてくれます」 「相馬の人たちも2日目の昼くらいから、表情が溶けてきました。相馬独特の獅子舞と能も普通は出合わない。仙台では能の津村さんがお獅子の面をつかんでひきずりまわし、獅子が七転八倒、予定の音が終わってしまいました。そうしたハプニングこそ、出会いが作るパフォーマンス。種々雑多なものがある都会で生きている我々は一緒にやりましょうと軽々しく手を差しのべるけれど、向こうから手を差し出すのは勇気がいる。東京キャラバンはつかのまの夢だから溶けることができます。1泊2日で、さっとキャラバンらしく撤収するから、旅芸人みたいともいわれました」

文化とは、交通から生まれる生き物だ

「街に神出鬼没で出現するとことが昔より難しい。自分が青少年時代を過ごした1960年代、70年代は、文化的なうねりが東京という街にありました。新宿はデモの名所で、騒乱事件なんかもあったけれど、そこからアートが生まれた。お年寄りは『近頃の若者はうるさい』と怒っていたけれど、それを押し切る世の中の寛容さがありました。今はとかく自粛、自制。何も、乱暴なことをやれと言っているのではなく、生まれようとしている文化を受け入れる寛容さがほしい。そういう面での日本の伝統を東京キャラバンで盛り上げたい。海外の演劇祭を見てまわると、必ず中心の場所があって、期間中パフォーマーたちが集まります。情報を交換しあって、こっちがいい、あっちがいいと動いていく。情報が混ざる広場を、日本人はうまくつくれない」

「文化の文という文字と交通の交という文字は似ています。文化は、いろいろなところを行ったり来たりしながら生き続ける。新たな生き生きとした文化は交通から生まれる生き物。ただインターネットの誕生が文化状況を決定的に変えました。ネットでつながればいいというけれど、停電したら、どうするんだという話。東京では毎晩ものすごい数のパフォーマンスが行われるが、好きな人たちだけが集まって閉じられています。点で終わって、かつてのようなムーブメントにならない。アーティストたちにフラストレーションがたまっています」

「オリンピックに向けて、文化、文化と上から旗を振っても若者は集まってこない。つくるなら人が出会う場です。ああ、あのとき、こんな人と出会ったんだなあという記憶をレガシー(遺産)にしたいですね」

東京キャラバン 点から線へ、異文化つなぐ

リオデジャネイロに出現した「東京キャラバン」

野田秀樹さんは俳優たちとワークショップを重ねて舞台をつくることで知られる。稽古場で俳優の演技、ダンス、音楽、小道具などを組み合わせ、試演を繰り返し、シーンを組み立てる。異質なものを出合わせる東京キャラバンはそうした野田さんの演劇手法の延長上にある。そのプレ上演は昨年10月、東京の駒沢オリンピック公園の野外ステージで行われ、野田さんに共鳴する女優の宮沢りえさん、松たか子さん、現代美術家の日比野克彦さん、名和晃平さんらが参加した。

五輪期間中のリオデジャネイロで本格的にスタートしたプロジェクトは、9月に仙台市立沖野東小学校、福島県相馬市の音屋ホールでも展開された。相馬では、初日に野田さんやアンサンブルのメンバーが郷土芸能の人たちの現場を訪ね、2日目にホールで競演した。獅子舞と観世流シテ方の能楽師、津村禮次郎さんが対決し、法螺貝(ほらがい)が鳴り響いた。遅れて到着した松たか子さんを歓迎する相撲甚句が抜群の面白さだった。東京都が後押ししているが、点が線になるような展開をこれから望みたい。

(編集委員 内田洋一)

[日本経済新聞夕刊2016年10月15日付]

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