とと姉ちゃんに続け! 興銀OG、起業に飛び出す
高視聴率を記録したNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」。ヒロインのモチーフとなった故大橋鎮子さんは、日本興業銀行(現みずほ銀行)を経て、「暮しの手帖」を創刊した。時代は違うが「世のため人のため」と志を持ち起業した興銀OGは、とと姉ちゃんだけにとどまらない。
発信力をコーチ 竹内明日香さん

「日本の企業はいい商品を持っているのに説明が十分できず機会を逃してしまう」「若いうちからプレゼン力を高めないと」
竹内明日香さん(43)は、海外展開を図る企業に対して情報発信や資料作成の支援をする株式会社アルバ・パートナーズ(東京・文京)を2009年に設立した。
興銀では国際営業など海外とやりとりをすることが多く、仕事をする中で海外に日本のことを紹介する重要性を感じていた。後輩が起業するのを助けた後、自らも起業に踏み切った。
日本企業の情報発信を支援する中で、「自分が関わった会社は良くなっていくとしても、自ら発信する力は子どもの頃から身につけないとまずいのでは」と思うようになった。一般社団法人アルバ・エデュ(東京・文京)を立ち上げ、学校でプレゼンテーションの技術を教える活動も始めた。
情報発信の仕事は、「ビジネスとすれば効率がいい」。それでも、アルバ・エデュの活動を並行して進めてまず頭に浮かぶのは、この国のためになるか、そして3児の母になってからは、子どもたちに対する責任の重さ。この「長期的、鳥瞰(ちょうかん)図的に物事を見る発想」は、興銀で養われたと感じている。
銀行員だった父を大学時代に亡くし、その仕事が知りたくて銀行への就職を選んだ。「青臭い人が多いの」と、笑いながら興銀時代の同期や先輩と議論を戦わせた思い出を語る。
プレゼン力、若い頃から
学校でのプレゼン教育の取り組みは、まだビジネスにはならないが、「このままだと10年、20年後にこの子たちの仕事がないのでは。だれかがやらないと」という危機感から出前授業を続けている。
「社員は全員パパママ」という彼女のオフィスで働いているのは2人。会議もテレビ電話を使い、集まるのは出前授業のときくらい。柔軟な働き方を実現できているのも、「優秀な人には輝いてもらわないと」という意識からだ。
これからも日本の人材を磨いて、「5年後には日本人のキャラクターが変わっていたらいいな。がんばらないと」と意気込む。
ヨガ教室経営 平賀恭子さん

「がんばって働く人がヨガを通じて、体が健康になり心もちょっと豊かになって、仕事を前向きにできるようになってもらいたい」。こう語るのは、5年前にヨガ教室運営会社のシャンティ・アソシエーション(東京・中央)を立ち上げ、自身も講師を務める平賀恭子さん(53)だ。新卒で興銀に入行し、バブル期に外国為替部で企業の輸出入業務に携わった。7年間の勤務を経て、商社に勤めていたころ、人生における仕事の意味を考えているときに出合ったのがヨガだった。
ヨガで仕事を前向きに
その後も、カフェのバリスタをしたり、シェフになったり、震災のボランティア団体を立ち上げたり。様々な仕事を経てきたが、いつも身近なところにヨガがあった。たくさんの人にヨガに親しんでもらいたいと、自宅を改装してヨガ教室を開いた。根底にあったのは「世のために、自分は何ができるのか」という興銀の社風。4年前に東京・日本橋にあるビルの一室に教室を移した。興銀時代の職場も近く、周辺に集まる金融系の会社員にヨガを教えたいという。
初心者から熟練者まで、ヨガを通じてにこやかに向き合い、出張教室にも気軽に身を運ぶ。しなやかさが身上だが事業に対する姿勢に甘さは全くない。「女性が立ち上げたヨガ教室です、という位置づけは一切必要ない。甘えが見えたら、相手をしてもらえなくなる」と、経営者の顔で語る。
興銀の外為時代に、経理など会社に欠かせない仕組みを学んだ。「会社を運営していく上で、必要なシステムを全部自分で考えていけるのも、銀行にいた強み」と感じている。ただ、興銀に入ったのは自分の意思ではなく、父の強い勧めがあったから。就職活動では音楽業界を希望していたが断念。やりたいことができず挫折した経験があったから今があるという。
できることを極限までやるけど無理はしないことと、出会った人とのつながりを細く長くあたためていくことが、ヨガ教室経営の秘訣。やりたいことをやり続ける起業家としての挑戦は、まだまだ続く。
生活に密着したニーズ捉える
明治から昭和にかけて日本の成長を支えてきた興銀。大橋さんは1937年(昭和12年)に興銀に入行。工藤昭四郎氏(のちの東京都民銀行初代頭取)の下で働き、女性の先輩たちが「もっと勉強しなければ」というのを聞いて、向上心が芽生えた。その後、出版社を立ち上げ、「暮しの手帖」を世に出した。いわば女性起業家のさきがけのような存在だ。
とと姉ちゃんのように起業する女性に関心が高まるなか、実際に女性がビジネスを立ち上げるには課題も少なくない。
日本政策投資銀行・女性起業サポートセンターの吉川福利氏は、「起業に男だから女だからという区別はない。しかし男性と比べると社会経験やビジネス上のつながりが乏しい場合が少なくなく、経営となると難しい部分も出てくる」と指摘する。
一方で、「世の中になくて困ったから自分で作ったなど、生活に密着したところからニーズを捉え、ビジネスを始める人も多い」と女性の起業の強みも強調する。
経済の流れを間近で見てきたのが興銀OG。興銀の社風だったという「世のため人のために、自分は何ができるか」という志もしっかり受け継いでいる。熱い思いと経営を軌道に乗せる冷静なスキルは、起業の両輪。興銀OGの取り組みは後続の女性に参考になりそうだ。
女性起業家、いまだ3割

女性の起業が注目を集め、経済産業省など政府も支援策の充実をはかってきたが、課題は多い。
中小企業庁によると、起業家の数が男女ともに伸び悩む中、女性が占める割合は3割程度にとどまったままだ。
起業するときの課題には男女差が出る。男性は資金調達が課題だったとする人の割合が最も多いのに対し、女性では経営に対する知識やノウハウが足りないことが課題とする人が多い。
吉川氏は「サラリーマンの経験なしでビジネスを始める人が男性に比べて多いのでは」と分析する。経営などで困ったときに、誰に相談すればよいか分からないという声が聞かれるという。
(光井友理)
〔日本経済新聞朝刊2016年10月15日付〕
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