大手町で売れるEU論2冊の中身
紀伊国屋書店大手町ビル店
ビジネス街の書店をめぐりながらその時々のその街の売れ筋本をウオッチしていくシリーズ。今回は定点観測している紀伊国屋書店大手町ビル店に戻る。前回は同じチェーンの新宿本店をスポットで紹介したが、やはりその売れ筋は立地の違いで大きく異なるようだ。先週から今週にかけて大手町ビル店で大きく動いたのは、欧州連合(EU)をめぐる2つの本だった。
ブレグジットめぐる文明史的考察
そのうちの1冊は、エマニュエル・トッド『問題は英国ではない、EUなのだ』(堀茂樹訳、文春新書)。昨今の時事的テーマに文明史・人類史的考察をめぐらせたフランスの歴史人口学者による時論集だ。トッド氏は昨年夏以来、文春新書から立て続けにEUをめぐる時論を刊行しており、本書が3冊目。『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』『シャルリとは誰か?』に続く本書の中心的な話題は、英国の欧州連合(EU)離脱、ブレグジット(Brexit)だ。
トッド氏はブレグジットを「グローバリゼーション・ファティーグ(疲労)」ととらえる。グローバリゼーションを発展させてきた果てに、その先陣を切ってきた英国が疲れて逆の方向、国家への回帰の方へ振れてきているというのだ。もう一つのグローバリゼーションのトップランナー、米国で起きているトランプ現象も同じ事象とみる。どちら出来事も大きく第2次世界大戦からの歴史でながめると、1980年代までの経済成長期、1980~2010年までの経済的グローバリゼーション期に続く第三の歴史的転換点を象徴していると指摘する。
ノーベル賞学者が分析するユーロ
スティグリッツ氏の本はEU関連本の中では一番の売れ行きだ
「ブレグジットが決まった6月はまだ関連本が薄かったが、ここに来て充実してきた」とビジネス書売り場を担当する広瀬哲太さんは話す。新書でトッド氏の本が動く一方で、一般書でもジョセフ・E・スティグリッツ『ユーロから始まる世界経済の大崩壊』(峯村利哉訳、徳間書店)の売れ行きが目立ってきているという。
こちらはノーベル経済学賞受賞の経済学者による世界経済の分析と見通しを示した1冊。通貨統一の結果、むしろ域内国家間の経済格差があぶりだされ、ユーロ圏が不安定化している現状や要因を分析した上で、弱体化した欧州の銀行システムが資本流出に見舞われる恐れがあると指摘する。それぞれ欧州、米国を代表する碩学(けんがく)による著作が9月下旬に刊行され、どちらも売れているのは金融街、大手町のビジネスパーソンたちが経済の先行きを見通す手がかりを求めていることの証左だろう。
それでは、いつものように先週のベスト5を見ていこう。
『会社法』 ロングセラーの予感
スティグリッツ氏の本が3位、5位にこの時期の定番の業界研究本が入った以外は3冊とも著者・版元関連のまとめ買いが入ってのランクインで、注目すべき本が少ない。ベストテンまで広げると、8位に田中亘『会社法』(東京大学出版会)が入っているのが目をひく。A5判、800ページ、本体価格3800円の大著だが、会社法のすべてを解き明かした概説書との触れ込みで、「これからの定番になりそうな本。ロングセラーになりそう」と広瀬さんはみる。トッド氏の本は新書のランキングで堂々1位の売れ行きだ。
(水柿武志)