ハリウッドザコシショウ 誇張しすぎたモノマネ開眼
ピン芸日本一決定戦『R-1ぐらんぷり2016』の優勝から約半年。「決勝戦の前日までアルバイトをしていた」というハリウッドザコシショウは今、テレビをはじめ、営業やイベントに忙しい日々を送っている。
「大会直後は1~2カ月休みが取れなかった。去年は月に1回くらいしかテレビの収録がなかったのに、逆転しました」と、優勝の影響力を語る。
大会史上最長となる芸歴24年での優勝だった。テンガロンハットに黒パンツ姿でハイテンションにたたみ掛ける"誇張しすぎたモノマネ芸"は振り切りぶりが大きいゆえ、面白さに対する賛否はあるが、同業者である芸人からの評価がとても高い。92年から2002年まではコンビ・G★MENSとして活動し、解散後は引退も考えたが、こんな屈辱が継続の道へとつながった。
「ライブにすら出られなくなったんで、お笑い芸人を辞めてマンガ家になろうとしたんです。それで4コママンガを出版社に持ち込んだら、『よくこんなの持ってきたな』って編集の人に言われて(笑)。『4コママンガっていうのは、振って振って振って落とすんだよ。お笑いのビデオとか見たほうがいいよ』ってダメ出しされてるうちに怒りがこみ上げてきて、もう一回お笑いをやろうと。なにくそ根性ですよね(笑)」
数年前、TBS深夜のネタ番組『あらびき団』で脚光を浴びたが、波に乗り切れなかった。それでも辞めずに続けてきた原点には、お笑いへの強い憧れがある。芸人になろうと意識し始めたのは小学校3年生の頃。
「いじめられていた小学1~2年の時、『オレたちひょうきん族』での(ビート)たけしさんを見て、面白いことを言えばこんなに認められるんだと子どもながらに思ったんです。それで3年生の時に思い切ってキャラを変えた。そしたらいじめられなくなって、高校卒業後は迷うことなくNSC(吉本総合芸能学院)に行きました」
コンビ時代から芸風を大きく変えることはなかったが、「自分のやりたいことを突き詰めながら、分かってもらうための努力や工夫は重ねてきた」と話す。例えば衣装に関しては、以前は白ブリーフだったが、後輩からのアドバイスを取り入れて、黒パンツにチェンジ。「最初はそんなの関係ないと思っていたんですが、周りがみんな同じことを言うから、1回試しにやってみたら、ある女性芸人に『前は目のやり場に困ったけど、困らなくなりました』って言われた。なるほどなと思いましたね」
モノマネ芸も当初はもっと間口の狭い内容だったという。これは「もうちょっとみんなに分かることをやりなよ」という妻の助言。「お客さんに媚(こ)びるということではなく、自分が面白いと思うことを分かりやすく伝えるのが大事なんだと理解できるようになったのはごく最近。昔はね、本当に頭が固かったんですよ。チタンヘッドなんて呼ばれてましたから(笑)」
目標は、竹中直人とたけしにネタを見てもらうこと。「お笑いを始めたきっかけの2人なので、どれだけ嫌われてもいいから、ご本人の前でやらせてもらいたい」。その夢がかなう日もそう遠くなさそうだ。
(「日経エンタテインメント!」9月号の記事を再構成。敬称略、文・遠藤敏文 写真・中村嘉昭)
[日経MJ2016年9月23日付]
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