企業の法務、女性が担う
「企業内弁護士」の比率、4割超える
弁護士資格を持ちつつ企業に勤める「企業内弁護士」の世界で、女性の存在感が高まっている。女性比率は年々高まり4割を超えた。法務部門の要として、しなやかに活躍する姿を追った。
キリン 鍛治美奈登さん
「ゼロをどうやって1にするかを考える仕事にやりがいを感じる」。キリン法務部の鍛治美奈登さん(34)はこう話す。主な仕事の一つは、M&A(合併・買収)の法的な支援だ。国内ビール市場が成熟するなか、海外企業のM&Aを通じ新たな販路を生み出す仕事の一翼を担っている。
入社前に5年半在籍した法律事務所では、中小企業の訴訟やトラブル相談に応じる業務が大半だった。グローバルな現場に身を置きたくて、企業内弁護士の仕事に飛び込んだ。
海外M&A支援、やりがい実感
入社して2年余り。最も印象に残る仕事は、2015年のミャンマーのビール最大手、ミャンマー・ブルワリーの買収だ。現地法律事務所の弁護士とともに買収先のデューデリジェンス(資産査定)や、賃金未払いといった違法労働がないかなどリーガルチェックに当たった。今年3月、主力ビール「一番搾り」の販売がミャンマーでも始まった。「日本のビールメーカーとして初の進出に、法務担当者として大きく関われた」と手応えを感じている。
「英文契約書の作成能力を高めるため夜間のビジネススクールでも学んでいる」。キャリアアップの努力を日々、積み重ねている。
三井物産 佐藤香織さん
三井物産監査役室の佐藤香織さん(41)は10歳と8歳の娘を育てながら働いている。3月末に認知症の母親が介護施設に入所するまでは介護も抱えていた。仕事と両立していく上で、業務の進捗を周囲と共有し任せられるところはカバーしてもらっている。日々の業務を通じ「企業内弁護士は自分だけにしかできない仕事を作ってはいけない。チームに支えられてこそ」と思っており、家庭と仕事の両立にも生かされている。
三井物産に2010年11月に転職するまでは法律事務所に在籍し、M&Aの契約交渉などに携わった。法律事務所時代は一つのプロジェクトが終了すると人のつながりが切れた。社内弁護士であれば、営業部門と密接に連携し、チームを組んで法務に当たれる。法律的なアドバイスだけでなく、ビジネスの現場に大きく関われるところにチームで働く醍醐味がある。
同時に育児と介護、仕事はチームで
転職後に配属された法務部にいたころは、自宅でも夜遅くまで仕事をすることがあった。自室に閉じこもる夜が続いた際には、娘たちがかまってほしくて「ママ、何をやってるの」と聞いてきた。「入ってきては駄目」と注意したこともあった。今振り返ってみれば、「母親が働く後ろ姿を示せた」と思っている。
テルモ 水口美穂さん
テルモ執行役員の水口美穂さん(50)は最高法務責任者(チーフ・リーガル・オフィサー=CLO)を務める。CLOは耳慣れない役職だが、法務部門を統括する要職。弁護士資格を持つ人が就くことが多く、米国では企業内弁護士の最終目標とされる。
外資系法律事務所などに20年余り務めた後、2014年にテルモに移った。「M&Aや国際商事仲裁などの経験を生かせるとともに、自分を変えるチャンスだと思った」のが理由だ。
グループ企業全体にコンプライアンス(法令順守)の意識を徹底させるのが水口さんの任務。中でも、グループの法務担当者が一堂に会する定期会合を重視する。水口さんが入社後に始めた会合で、半年に1回、米国や欧州、東南アジアから担当の約10人が集まり、社内ルールのあり方について車座になって3日間議論する。「弁護士資格者ばかりなので、トップの私が問い詰められることもある」。丁々発止の議論にやりがいを感じる。経営トップから法的な立場からの意見を求められる機会も少なくない。
CLOの良き前例めざす
日本では欧米に比べ、CLOに就く企業内弁護士はまだ少ない。水口さんは「モデルとなる先輩がおらず、手探りで仕事を進めている。私が良い前例となるよう努力したい」と意気込んでいる。
女性弁護士、男性職場に新たな視点
日本組織内弁護士協会によると、今年6月時点の企業内弁護士1707人のうち、女性は40.4%(689人)を占めている。10年前に比べると8.2ポイント、642人増えた。弁護士全体に占める女性比率は18%(8月1日現在)なので、かなり上回っている。三井物産で弁護士資格を持ち法務関連の仕事をする13人のうち女性は9人。キリンホールディングスの中間持ち株会社、キリンは5人のうち3人が女性だ。
企業で働く弁護士は、法律事務所からの転身が多い。法律事務所の弁護士は基本的に自営業で、個人的な繋がりで顧客を抱えるスタイルだ。一方、企業内弁護士であれば、法律の専門家という立場に加え、ビジネスの当事者として大きな仕事を担うことができる。企業で働く女性弁護士が増えた背景には、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)を保ちやすいこともあるが、専門性の高い仕事と家庭を両立させる人も少なくなく、他の業種で活躍する女性たちと相通じる姿がある。
企業内弁護士の仕事に男女の差はないものの、石田京子・早稲田大准教授は、「女性弁護士は、男性ばかりの職場では見えにくかった視点を示してくれるはずだ」と期待する。多角的な視点が求められる法務部門に、女性が加わるメリットは大きいと指摘する。
(青木茂晴)
〔日本経済新聞朝刊2016年9月3日付〕
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