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それでも親子

作家・綿矢りささん 母は作品でも育児でも先生

2016/8/24 日本経済新聞 夕刊

わたや・りさ 京都府出身、32歳。2004年「蹴りたい背中」で芥川賞を史上最年少で受賞。12年には「かわいそうだね?」で大江健三郎賞。9月30日に「手のひらの京」(新潮社)を刊行予定

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は作家の綿矢りささんだ。

――お母さんは大学で英語を教えていらっしゃるそうですね。

「子どもの頃はよく英語を教えてもらいました。英語となるとすごく厳しくて、どの先生よりも怖かった。単語や文法に触れるたび、私は言葉に興味を持つようになりました。いまの自分がいるのは、母のおかげかもしれません」

――高校生で作家デビューを果たしました。

「私は読書が好きで、特に太宰治が大好きでした。引っ込み思案でマイナス思考だった私は、太宰の作品に引き込まれました。いつしか『小説を書いてみたい』と思うようになり、17歳で作家になろうと決めました」

「部屋にこもって小説を書いているのを、両親は受験勉強をしていると思っていたそうです。2人とも作家になることに反対はしませんでした。本が世に出たことで、作家としてやっていけると思ってくれたのかもしれません」

――お母さんからはダメ出しを受けることもあるとか。

「母は職業柄、細かく丁寧に読みます。『主語がおかしい』『この人はこんなしゃべり方はしない』など、人物の設定や入れ替わりには敏感です。作品に母の指摘を反映することもあります。私が助言を求めることも。たとえば『元彼』など、パっと思いつかない英単語を聞くときはとても頼りになります」

「服飾関係の会社に勤める父は母のように細かくは読まないせいか、特に指摘はありませんね。サスペンスのように分かりやすいものが好きなんです。『シリーズものを書け』とよく言われますが」

――両親それぞれ反応は違うのですね。

「性格の問題だと思います。母は常々『作家も職業のひとつ。仕事としてやらな』と私に言いました。中途半端が許せない性分なんです。父はしつけに厳しくありませんでした。『勉強しろ』と言ったこともほとんどなく、自由に何でもさせてくれました」

「最近、そんな父との、ある出来事がありました。横浜DeNAベイスターズファンの父が、球場から電話を掛けてきたのです。『隣の子がお前のファンらしいから代わるわ』と。チームが勝って気分がよかったのでしょう。普段、父は私の自慢なんてしません。だからその分、うれしかったです」

――ご両親の存在は大きいのですね。

「実は昨冬、第1子となる男の子を出産し、私も母親になりました。育児と執筆活動に奔走する毎日です。『子どもを守らなきゃ』という意識が芽生えました。こういった母性が作品へどう影響するのかまだ分かりませんが、子育ては本当に楽しいです。私も両親のように、子どもにやることを押しつけず、子どもが自分の道を歩んでいけるよう見守りたいです」

[日本経済新聞夕刊2016年8月23日付]

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