私のカノジョの登録名は…立川笑二

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師匠と兄弟子の吉笑とともにリレー形式で連載させていただいている、まくら投げ企画。今回で10周目。今回の師匠からのお題は「あだ名」。

私自身にはこれといったあだ名がない。本名は知花弘之(ちばなひろゆき)。地元の友達からはずっと「弘之」と呼ばれていたし、落語家になって知り合った方からは芸名の「笑二」と呼ばれている。

さてどうしたものか?と、この原稿を書くために携帯電話の電話帳を眺めながら、あだ名で登録している人を探してみると身近な人でいた。かれこれ9年近く付き合っている私の彼女だ。

高座に上がる立川笑二さん(東京都武蔵野市) 

私は彼女の連絡先を「ナポレオン」という名前で登録している。

ちなみに彼女は日本人で、本名は「船越英一郎」のようなすっきりした名前だ。まあ、女性だけど。

高校2年の秋に付き合い始めた頃から「ナポレオン」で登録しているので、その理由は忘れてしまった。

おそらく、当時、よく遊んでいた仲間たちと普段から

「彼女とかいらないよなあ」

「わかる! わかる! 彼女どころか、俺、まず、●●●●自体いらないわー。マジで!」

「わかるわあ」

なんて会話をしていたため、

「こいつらに彼女ができたことがバレたら足腰が立たなくなるまで袋叩きにされてしまう!」

という恐怖心から、女性とメールのやり取りをしているということを隠すために「ナポレオン」で登録したのかもしれない。

それにしてもなんで「ナポレオン」なのだろうか。これに関しては全く思い出せない。

こいつ(彼女)さえいれば、俺に不可能なことは無いんだ!

みたいな理由だったらどうしよう。ちょっとしたホラー映画より怖い。

そんなこんなで震えながら「あだ名」について考えていたら思い出したことがある。以前ここに書いた父方の祖父母の話。今から8年前、私が高校3年生の頃の冬の出来事。10投目! えいっ!

「おじいちゃんが倒れたらしいから病院に行ってくる」

普段、感情を表に出すことのない父が青ざめていたのを覚えている。

これから学校に行こうかという時間帯だった。

祖父は朝食を食べているときに倒れ、目の前で見ていた祖母がすぐに救急車を呼んだそうだ。

「お前はとりあえず学校に行け。何かあったら連絡するから携帯は持っておけ」

という父の言葉で、私は最悪なことを想像してしまった。

言われた通りに登校したものの、授業中は気が気でなかった。

お昼ごろに父からメールが届いた。

「おじいちゃん脳梗塞。見つけるの早かった。命に別状ない」

電報みたいなメールを読んで、ひとまず安心した。

帰宅後、母から聞いた話によると、祖母の対応が早かったおかげで、身体に大きな障害は残っていないとのことで、また大きく安心した。

翌日、休日だったこともあり、朝から家族そろってお見舞いに行った。

祖父の病室に我々家族が入ったとき、祖父はたくさんの身内に囲まれてベッドの上でニコニコ笑っていたが、言葉はしゃべっていなかった。

祖母は「家でもいつも黙っているんだから問題ない」というようなことを言って大笑いしていたが、それに対して笑っているのは祖父だけだった。

しばらくして、お医者さんが入ってきた。

脳に障害が残っていないか簡単な検査をするということで、紙と鉛筆を祖父に渡した。

「知花さん、ここに自分の名前を書いてみてください」

祖父はニコニコしながら鉛筆を受け取ったが、なかなか書き始めようとしない。

それを見た祖母が隣で「徳進、徳進、知花徳進」と祖父の名前を連呼し始めた。

その場に居た全員が、この検査に意味があるのか?と思い始めたものの誰も祖母につっこみを入れなかった。

それでもしばらく祖父は何も書かなかったが、ようやく、ゆっくりと、紙に文字を書き出した。

自分の名前を書くようにと言われて祖父が書いたのがカタカナで

チーチャン

だった。書き終わった祖父は祖母を見てニコニコ笑い、今度はその隣に「トクシン」と書いた。

祖母の名前は「千代(ちよ)」

「チーチャン」とは若い頃に祖父が呼んでいた、祖母のあだ名だったのだろう。

身内全員号泣。

たった一人、祖母だけは泣いていなかったが、いつもおしゃべりな祖母がニコニコしている祖父を見てしばらく黙り込んでいた。

その後、祖父は無事に退院した。

うまくしゃべることはできなくなってしまったが、それから5年後に天寿を全うするまで毎日のように祖母と口げんかをしていた。まあ、けんかといっても祖母が一方的に怒っているだけだったのだけれど、それはこれまで通りの風景だった。

現在、私は実家に帰ると、仏壇に飾られているニコニコ笑った祖父の遺影を見て、ニヤニヤしながら

「よっ! この色男!」

なんて心の中で声をかけて線香を上げている。

私がいずれ今の彼女と結婚したとして、あのときの祖父と同じような状態になってしまった時、病室で身内が見守る中、白紙に「ナポレオン」と書いたらどうなるだろう。みんな感動の涙を流してくれるだろうか……。

もし、私の孫が「こいつ重症じゃねぇか」みたいな顔で見ていたら大暴れしてやろう!

ちなみに、彼女自身は私が連絡先を「ナポレオン」で登録していることを知らない。

(次回8月31日は立川吉笑さんの予定です)

立川笑二(たてかわしょうじ)。1990年11月26日生まれ。沖縄県読谷村出身。2011年6月に立川談笑に入門。前座時代から観客を爆笑させ評判に。14年6月、二つ目に昇進。出囃子は「てぃんさぐぬ花」。立川談笑一門会(7月28日)のほかにも、立川吉笑、立川笑坊ら一門、立川流の若手といっしょに頻繁に落語会を開いて研さんを積んでいる。ホームページは、http://tatekawashouji.com/