産育休者の仕事をカバーした社員に報酬を与える会社

日経DUAL

2016/8/25

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マタハラNet代表・小酒部さやかさんが今回、お話を伺ったのは、レーザー機器専門商社の日本レーザー(東京・新宿)代表取締役の近藤宣之さんです。日本レーザーでは、産休・育休中社員の業務を代わりに行った社員を高く評価する評価システムを採るなど、独自の工夫が行われています。近藤さんに詳しく伺いました。

産休・育休中社員の業務を肩代わりした社員に賃金を分配する

―― マタハラNetに寄せられる相談の中に、産休・育休者が担当していた仕事を、周囲のメンバーが押し付けられてしまうという「逆マタハラ」問題があります。売り上げを優先する企業であれば、「人件費を浮かせることができ、仕事も回せる」と考えがちで、メンバーに手当てをすることもありません。御社ではそういった場合に、他人のために働いたことを評価する評価システムを採るなどした工夫をされていますね。こういった手立てを取ることができている企業はほとんどないのが実態ですが、近藤社長の考えをお聞かせいただけますか。

日本レーザー代表取締役の近藤宣之さん(写真:村上 岳、以下同)

社内システムの面で工夫しているところは当然ありますが、見かけのテクニックに本質はありません。経営の姿勢がおろそかであれば、ノウハウだけまねても意味がないでしょう。

例えば、産休・育休者の負担を誰かが担う。時間内に仕事は終わっているけれど、明らかに誰かがいつもの150%の力を出してカバーしている。それだったらその誰かの負担が大きくなった分、その社員の待遇を上げましょうというのは、経済効率ではなくて人として当然の発想です。会社が何を大切にし、何のために存在するのか、そこをおろそかにしてはいけないのです。

「女性は戦力だから辞めてほしくない」は、社員を見ていない経営者の発言

―― では、近藤社長が経営で大切にされているものとは何でしょう。

一般的に、経営者は市場を見て経営をするわけです。右肩上がりの事業展望を持つ。新規事業が生み出す価値を計算する。高成長、高収益、高配当、高株価の会社になることを目標にする。そして、それが企業価値だと考える。

私たちは上場できますが、しません。

なぜしないのかといえば、市場を見た経営、お金を見た経営をしたくないからです。私は人を見た経営をしたい。人を見ていてごらんなさい。人は変わるものです。結婚や出産もします。こういった変化に気づき、受け入れられるようになっていくものです。こうして人を見ていくことが経営であって、変化があったからといって辞めさせるのはおかしいじゃありませんか。

女性活用の枠組みでお話をすると、それなりに理解のある経営者は「女性活用を進めよう。経験を積んだ人間が戻ってくれば戦力になる」と言うかもしれません。しかし、即戦力になれない人間がもちろんいますから、「能力があるから辞めてほしくない」という発想は経営者の願望を見ているだけで、社員を見てはいないわけです。

世の常で、どの会社にもなかなか戦力にならない人はいるものですが、私たちの会社の離職率はゼロです。

小酒部さやかさん

―― 徹底されていますね。この近藤社長の発想の源はどこにあるのでしょうか。

大きな経験は、かつて従業員をリストラする立場にいたことです。

企業は教科書通りにやると「人・物・金・情報」と、横並びの形を考えます。人と物と金と情報を同列にする。そうすると「経営が成り立たない。じゃあ、人を切ろう」という選択肢がいつか出てきてしまう。例えば人を一人切ると年間1000万円浮く、というように。

「人がお金に変わる」。そこがもう、根本的に問題なんですよ。

人は、物や金といったものと同列に、横に並べてはいけない。金・物・情報、これが経営資本です。人はこの上に立った三角すいであるべきなんですよ。上に人がいるから、金や情報を生かすことができ、物を作ることもできるし、付加価値を生み出すこともできるわけです。人が親玉であり、心臓みたいなもので、その他のものと同列にはできないのです。そこを取り違えているから、企業は平気で人を切ってしまうわけですね。

リストラで人を切る会社では、安心して成長なんてできない

―― 人の価値はお金に変えられないと気づいたと……感動的なお話です。しかし、実際に人を大切にするだけでうまくいくと考える経営者は少ないのではないでしょうか。

それは経営者が「私が社員を大切にしている」ということだけしか、見えていないし、考えていないからです。あくまでも社長を主語にして発想しているからです。

人を見ていれば、彼・彼女らの成長が分かり、どのように会社に貢献しているか、そして働く喜びを感じているかが分かるわけです。会社は人を雇うことが最大の目的です。働くことで必要とされ、感謝される。会社とは雇用の喜びを作り出すことができる唯一の存在です。必要とされる喜びの中で、人は「できないことができるようになりたい」「もっとうまくやりたい」と成長していくものです。リストラで人を切っていく会社の中で、安心して成長なんてできないじゃないですか。

―― そして、社員の成長があれば、経営は必ずうまくいくと。

当然です。

私が思うに、社員を大切にするだけでうまくいくというのは、ドメスティックな内需型の企業には100%通用する話だと思います。しかし、私達のようなグローバル企業は、為替などの影響をもろに受ける。そこを生き抜くためには、社員を大切にするだけでなく、ビジネスモデルと戦略も持たねばならない。大胆なかじ取りをし、国際社会の状況に対応しなければならない。そのためにはすさまじいエネルギーが必要になるものです。そして、やらねば赤字になる。こういった状況は少なからず出てきます。

そのときこそ、社員が会社から大切にされているという実感があれば、火事場のバカ力を出してくれるんですよ。

例えば2010年、いくつかの輸入総代理店権を失い、新しい仕事を作らないと経営が危ういという状況に陥り、ある東証一部の上場企業が引き受けていた海外メーカーの仕事を、私が取ってきたことがありました。交渉は大変でしたし、約束した販売計画も厳しいものでした。しかも、この事業の立ち上げ期間は3カ月しかなかった。

しかし、現在産休を取っているある女性社員が当時はまだ独身だったこともありますが、夜中の12時まで毎日働いてくれたのです。労働協約に完全に違反しているわけですから「8時までには帰れ」と言っても、「この事業に会社の将来が懸かっていることは分かっています」と言って頑張ってくれたわけです。

今彼女は、ワーク・ライフ・バランスで言うとライフ中心の生活を送っています。子どもを産んで休んでいるわけですが、彼女の代わりに別の社員が頑張ってくれています。

社員だけでなく、社員の家族も。取引先だけでなく、取引先の家族も大切にする

―― 社長は経営戦略を立て、それを実現する社員を育てる。これが最大の投資であり戦略なのですね。近藤社長は徹底されているからこそ実現可能なのだと思いました。

そうですね。社員だけでなく、社員の家族も大切にし、取引先だけでなく、取引先の家族も大切にする。その次がお客様で、4番目が地域社会。株主は最後です。この順番で人を大切にする限りは、業績は必ず良くなるし、成長します。

アベノミクスで輸入専業は潰れているところが出てきているときに、うちは増収増益で、過去最高の受注を記録している。アベノミクスでほとんど赤字100%必至という状況でも、ちゃんと会社は存続している。経営戦略と頑張る社員を組み合わせられるからです。

以前1ドル80円だった為替が、一時期は1ドル125円になりました。この為替レートの変化だけで、数億円のコストが掛かることになります。こうなると、人員整理などしても追い付きません。人を育て、強い会社になるほうが王道ではありませんか。

―― 御社は逆境の中でも増収増益を達成していますね。これ以上の説得力はありません。今おっしゃった「社員だけでなく家族も大切にする」ということですが、例えばどういう取り組みをされているのでしょう。

細かい話ですが、機会があれば社員のご両親にも会って「うちはこういう会社です」と伝えたり、社員の誕生日には家族宛てにカタログギフトをお送りしたりしています。

社員を守り、家族を大事にしている良い会社だと思ってもらいたい。そうすると介護や産休など、社員に何かがあったときにも、家族や親戚が力になってくれて、また働けるように送り出してくれます。妊娠を機に家族から「仕事をやめなさい」と言われることも少なくなるでしょう。

それに、家族の絆も回復しているようです。ギフトを話題に、親子の電話が増えたとよく聞きます。こういった生活の側面からも変化を起こしていかないと、マタハラなど無くなるわけがありませんからね。

営業でチームや兼務で仕事をする場合は、貢献した人に多く分配する

―― 本当にその通りです。素晴らしい取り組みですね。しかし、全社員で一丸となり、社長の経営理念を共有するのはなかなか難しいことではありませんか。

普段から呼びかけるほかに、クレドという社の方針をまとめたものを社員に意識してもらっています。

クレドに準拠した評価表も整備しており、他人のために働くという項目があります。他人のために貢献できている人は10点、自分のことしかやってない人は0点と見なされるわけですね。

評価などを通しても会社の方針は伝わるものです。例えば営業でチームやダブルアサインメント(兼務)で仕事をする場合は、貢献した人に多く配分されることになっています。話し合いで決め、具体的に何か手伝うことで収入が増える仕組みになっているのです。

例えば100の売り上げがあったときに、粗利が20あれば、その3%は自動的に社員に還元していますが、その分配の仕方は自分たちで決めていいよ、と。毎月600件くらいあってさばききれないこともあって、分配の割合は現場で決めてもらっています。アナログ的な成果主義と言っています。こういったことを含めて、評価が上がる仕組みになっています。

クレドや勉強会を通じて会社が求める働き方を意識してもらっているのです。

―― 公正で透明な評価制度もあり、やる気にも結び付いているのですね。まさに人を育てる力を感じました。経営戦略と育成力、一言で言うとリーダーシップだと思います。多くのビジネスマンの課題だと思うのですが、どうすればこのリーダーシップを養うことができるのでしょう。

大事なのは自分が成長し続けることであり、他人を尊重する生き方を学ぶことではないかと思います。

社長は何があっても人のせいにできません。社長にとって面白くない報告は山ほどあり、中には社長批判もあるかもしれない。それにニコニコとしながら耳を傾けるわけです。自分に責任がないことで社員が不愉快なことをやったときにも、ニコニコと聞く。これも大変な修行です。

それと身の回りで起こることは、結果的に社長である自分が招いていると仮定します。要するに周りは全部自分が招いた世界だと。そうすると、招いているわけだから、「なぜ仕事をしない」「なぜ勉強をしない」「なぜTOEIC500点取ろうとしない」と、社員を責めるのは筋違いなんです。やはり、自分が変わると、世界は変わるんですよ。

近藤宣之
日本レーザー代表取締役
1944年東京生まれ。ドイツ交換留学生として欧州に滞在。慶應義塾大学工学部卒業後、日本電子に入社。日本電子連合労働組合執行委員長、総合企画室次長、取締役米国法人総支配人、取締役営業副担当などを経て、日本レーザー代表取締役に就任。2011年、第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞・中小企業庁長官賞を、12年には「平成23年度新宿区優良企業表彰経営大賞(新宿区長賞)を受賞。 著書に『変化する企業社会とキャリア形成』『成果主義の課題』(いずれも公益財団法人富士社会教育センター)、『ビジネスマンの君に伝えたい40のこと』(あさ出版)などがある。
小酒部さやか(おさかべ・さやか)
 2005年3月、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科を卒業し、アサツーディ・ケイへ入社。クリエイティブ職アートディレクターとして採用。その後、転職した会社で、契約社員として雑誌の編集業務に従事する中、マタニティーハラスメントの被害に遭う。2014年7月、マタハラNetを設立し、代表に就任。2015年、米誌『フォーリン・アフェアーズ』に掲載され、女性の地位向上などへの貢献をたたえる米国務省「世界の勇気ある女性賞」を日本人で初めて受賞。2016年1月に『マタハラ問題』(ちくま新書)を発売した。

(ライター 水野宏信)

[日経DUAL 2016年6月29日付記事を再構成]