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一流アスリートの口コミで広まり、今やスポーツ選手のみならず芸能界でも愛用する顧客が800人を超えるヒットとなった高機能マットレス「AiR(エアー)」。仕掛け人の「ムコ殿」西川八一行(48)は数々の反対を押し切り西川産業の看板ブランドに育て上げた。老舗ふとんメーカーの今後の展開を聞いた。

新たな顧客創造。五輪選手の睡眠を応援

――「エアー」の開発にあたって、どんな戦略を立てたのでしょうか。

「私たちの価値は何か。まず技術です。加えて年配の人に限定されてはいたものの、ある程度認知された『西川』ブランドでした。私はこれまでの顧客を大事にしつつ、新しい顧客の獲得を目指したいと考えました。ドラッカー的な顧客創造ですね」

「それを達成したのが今や売り上げ規模が100億円に近づくブランドに成長した高機能マットレスや枕の『エアー』です。10年ほど前、私は自社のブランドが欲しいと訴えました。それまでは西川の持つ自社ブランドはなく、作った商品にバーバリーなど他社ブランドをつけて売っていた。社員の大半は、売り上げを伸ばすには新たにどのブランドを借りるかばかり考えていた」

――サッカーの三浦知良選手やフィギュアスケートの羽生結弦選手など多くの有名スポーツ選手が使っていますね。アスリートに焦点を絞ったきっかけは何ですか。

「当時はちょうど2016年五輪の候補地を選んでいる時期で、東京も候補に挙がっていたんです。16年は私たちも450周年でもあるし、東京で開かれるオリンピックで日本の選手を睡眠で応援する、というコンセプトを打ち出したんです。結局16年はブラジルのリオデジャネイロで開催されることになりましたが」

――数多くのアスリートが「エアー」を使っているそうですが、広告代理店からの提案ではなく口コミだそうですね。最初のきっかけはなんだったんでしょうか。

西川産業社長 西川八一行氏

西川産業社長 西川八一行氏

「オリンピック選手とのつながりは女子レスリングチームです。我々は彼女たちに金メダルを期待するが、日々の合宿所では座敷で雑魚寝のような状態でこれでは疲労が抜けません。蓄積するとけがにつながります。そこで、枕やマットレスを個人ごとに計測してつくりました。この流れから、サッカー選手のトレーナーの先生が話を聞きに来て『これはすごい』とその場で三浦選手に電話されたんです」

「驚いたことに三浦選手はその日に弊社にきて『エアー』の契約に至りました。たまたま三浦選手がブラジルにいたときのチームであるサントスは、ネイマール選手が初めてプロとして入団したチームです。そのつながりでネイマール選手も使ってくれるように。ご縁で成り立っているんですね」

「契約金を払って何かするのではなく、アスリートが首や肩などどこの調子が悪いのか話を聞けば、すぐに飛んでいって(マットレスや枕を)調整させてもらう。私たちは残念ながら大きな会社ではないので、体を使って信頼を得るしかないんです。そうするうちに口コミで友人や知人に紹介してくださる、というのがどんどん広がった。今やアスリートだけでなく芸能系の人も含めて800人以上に利用してもらっています」

――今ではブランドとなった「エアー」ですが、社内の反対はなかったのですか。

「大変な反対がありました。理由はいくつかあります。私はこれまで寝具に興味のなかった層にファンになってほしい、と考えてアスリートを意識しました。見た目がかっこよくないとアスリートには使ってもらえない。そこでビビッドなカラーにすることを提案したら、大反対です」

「そもそも寝具の見た目はあまり語られることのないものです。今はベッドの生活が増えていますが、布団は押し入れにしまえば目にしない。寝るときも電気を消すうえ、ベッドカバーをかけるのでほぼ見られることがないんです。また、『エアー』で使われている基礎の技術はすでに年配者向けの別商品で使っていました。『新商品が既存のものを食う可能性がある』という反対が出ました。色をつければコストもかかるし、ボツにする理由はいくらでも出てきました。しかし、私はこれまで寝具に興味のなかった層にファンになってほしい、という思いを訴えてビビッドなカラーの『エアー』を売り出したんです」

ここでもご先祖のイノベーション力が発動

――どうやって説得したんですか。

「その時もずるいんですが、西川の二代目甚五郎が当時ヒットさせた『近江蚊帳』になぞらえて説明したんです。昔の寝具は蚊帳でつくっていたのですが、当時は麻を織った生成りのものでした。地味な色ですよね。二代目が(近江から江戸に向かうため)箱根の山を越えたとき、さわやかな緑とともに目覚めるアイデアを思いついてわざわざ緑に染めた蚊帳を売り始めました。この『近江蚊帳』は大ヒットして今の西川の礎になりました。当時も持っていた技術にデザインという付加価値をつけてヒットしたのだから、またやろうと説得したんです」

「けれど実際にやってみると、これまで年配の人を相手にしていたためかぼんやりした色ばかりが出てきて何十回もやり直しをすることになりました。メーカーにも嫌がられてしまいましたが、こだわったおかげでヒットにつながりました。スポーツ好きな人にも支持され、心配したカニバリゼーション(共食い)もなかった。むしろ既存商品の売り上げも増えました。原点に戻り顧客を創造すれば、既存の事業も新規事業もうまくいく、ということが証明できました」

もう寝具屋ではない 

――ビジネスパーソンも睡眠環境の改善に対する興味関心が高まっていますね。

「アスリートも、運動と栄養はとても気を遣っていますが、休養の中でもウエートが重いはずの睡眠については、早く寝なければというくらいで何もしない。しかしアスリートでもビジネスパーソンでも、バランスのとれた食事、適切な運動、いい睡眠の3要素は重要です。睡眠だけ具体的な対応がされてこなかった。最近は脳科学などのアプローチから睡眠の重要性が証明されてきているので、認知されるようになりました」

「見た目が気に入ったベッドかどうかというところしか見てなかった人が寝具や香りなど、様々なツールで自分の睡眠環境を変え、体調をよくできることを教えると非常に喜んでもらえる」

「忙しいビジネスパーソンもアスリートと同じで、時間も限られているし成果も求められます。運動と食事と睡眠、このどれかが崩れてくるとパフォーマンスも出にくくなってしまう。そのためのソリューションを提供するのが、我々のテーマです」

――今後の目標や課題は。

「アンケート取るとまだまだ、睡眠環境に困っている人がいます。しかしどこにいけばいいかわからず、やむにやまれず病院に行くことが多い。我々としては単なる寝具メーカーではなく、『眠りの相談所』として睡眠のレベルやストレスの度合いなどもうかがう『眠りのパートナー』の役割を担いたいと思っています。店舗は10万人に1件程度、1000店舗が目標です」

睡眠のインフラに

「寝具の機能についても、医学的なエビデンス(証拠)の収集を進めています。食品では特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品などの表示がありますが、寝具には何もありません。誰でも健康寝具と名乗れてしまう。業界としてその基準作りをすべきだと考えています。お金持ちやトップアスリートだけが使うのではなく、全員が病気になりにくい社会になることを睡眠からお手伝いする」

「災害が起きると寝具が重要なインフラであることがわかります。地震などが発生すると国から生命のインフラだからと毛布やマットレスを手配するようにと要請がきます。しかし、落ち着いたとたんにインフラだという認識が個人も国もどこかにいってしまう。ぜいたく品を買うジャンルに置かれてしまって、本来インフラなのにインフラ扱いにならない」

「『ぜいたく品』ではなく、健康を維持するためのインフラとして販売モデルも変える準備をしています。オーダーメードの寝具を作ろうとすれば、10万円から20万円かかってしまい、それでは高いと思われてしまいます。しかし、長くければ10年使う商品ですから、一日数百円の商品ともいえます。今後は販売モデルを変えて、スマートフォン(スマホ)の分割払いのようなしくみを取り入れようと思っています」

西川八一行氏(にしかわ・やすゆき)
1967年生まれ。早大法学部卒、住友銀行(現三井住友銀行)入行。赤坂支店、ニューヨーク支店などを経て、国際統括部で国際広報や国際支店設立などの業務を担当。婿養子として西川家に。95年西川産業に入社。2006年、38歳で社長に就任。

(代慶達也 松本千恵)

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