行列ができる話芸とは… 「日常ネタ」でシニアの心をつかむ
新しさ不要、日常ネタに安心感
浅草の寄席、入場待ちの列
東京・浅草の浅草寺のほど近くにある漫才の寄席「浅草フランス座演芸場東洋館」。ここに連日、朝から多くのシニア世代が入場を待つ行列を作る。同館で人気のステージ「漫才大行進」を開く漫才協会によると、特に平日のにぎわいが顕著で、70代後半以降を中心に、下はリタイアしたての60代までが訪れ、約200の観客席が連日満席になるという。
厚生労働省や総務省などの調査によると、今や、日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超え、国民の4人に1人が高齢者(65歳以上)。9年後には、約1000万人とされる「団塊の世代」(第1次ベビーブーム世代、1947~49年生まれ)が75歳以上の後期高齢者になり、国民の3人に1人が高齢者になる。「2025年問題」と呼ばれる課題山積の超高齢社会が到来する。
とはいえ、医療技術の進歩などによって、元気なシニアが増えるのが、来るべき高齢社会の大きな特徴だ。当然、この世代においても、これまで以上に心を潤すエンタテインメントの需要が高まる。なかでも"お笑い"の人気が、シニア世代において伸びている。その現実の一端が、浅草の東洋館で垣間見られた。
シニアに特に人気の漫才師を漫才協会に聞いたところ、大御所では「ゲロゲ~ロ」「逆さ言葉」「国定忠治」という大ヒットネタで昭和のテレビ全盛期から活躍してきた青空球児・好児。そして、夫婦漫才の東(あずま)京太・ゆめ子の名前が挙がった。いずれも、テレビで一度は見たことがある鉄板ネタや、どこの夫婦にでもあるおなじみの不平不満という、芸の「安定感」が共通点。ナイツやU字工事といったテレビで人気の中堅も同様だ。
「年を取ると、若い人と違ってお笑いに"新機軸"は求めません。笑いどころが分かっていて、どこか懐かしい、そんなのんびりとした日常のネタに触れて、安心したいんだと思います」(漫才協会の空今日子氏)
では、テレビにあまり出ない若手は、どのようにしてシニアの心を捉えているのか。「この人たちを見るために寄席に来た」とシニアが言う、人気の若手コンビがコンパスと母心(ははごころ)の2組。両者の共通点は、古典芸能をモチーフに話芸を展開する点だ。コンパスの特技は三味線と民謡。母心は歌舞伎の言い回しや振りをまねながらのトークが得意。いずれもネタ元が明解なため、分かりやすい。
一方、話芸を収録したパッケージ商品が激売れしているのが漫談家の綾小路きみまろだ。年に100を超える地方公演はチケットが発売数日で売り切れ、CDやDVDは累計520万枚を売り上げる。
ファン層の幅は広く、シニアから下は30代まで。女性同士だけでなく、夫婦の客も多い。
彼の話芸の魅力は、「どこの家にもある普通のこと、日常的なことを客席に向かって問いかけたり代弁したりしていることでしょう。だんだん愚痴を言う相手も少なくなりますし、公演に行けば、みんな大爆笑ですよ」(テイチクエンタテインメントのプロデューサー、徳田稔氏)。
リピーターが多いのもファンの特徴。繰り返し見たくなる理由は、マンネリ化しないネタだ。「これまでCD7作、DVD7作を出しているが、どれもネタは新鮮。高齢社会のネタなんてもう7~8年前から触れてますよ」(同氏)
高齢者の生活変化とらえる
高齢者もまた日々年をとるわけで、彼らが"日常"と感じる風景も少しずつ変わる。若者が好むような斬新なネタではないにせよ、高齢者を取り巻く日々の変化をうまくネタに取り込む観察力や話術を持つ「お笑い芸人」が、シニアの心をつかんでいる。そうした話芸のプロたちの人気は、今後ますます高まるに違いない。
(「日経エンタテインメント!」6月号の記事を再構成。文・白倉資大)
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