建設業界「イクボス」育てる
女性活躍、遅れているから… 働き方見直し人材確保
「現場の所長からイクボスのスターが生まれた。他の現場にもつなげたい」。戸田建設人事部の越智貴枝ダイバーシティ推進室長が誇らしげに語るのは、埼玉県内の物流倉庫建設工事現場で作業所長を務める木村匡さん(46)のことだ。
昨年5月に着工した同現場で、業務効率化による残業削減や全所員の代休取得を指揮し、平均残業時間を月44%削減。女性社員が仕事と育児を両立できる環境をつくったイクボスとして、日本建設業連合会から表彰された。
◇ ◇
木村さんが働き方改革に乗り出したのは「不測の事態」がきっかけだった。
工事主任の天笠まやさん(32)が育児休業から復帰して木村さんの現場に配属された。技術職の女性社員が育休から現場復帰するのは同社初。木村さんは戸惑いながらも、「本人が働きやすく、周囲もわだかまりを持たず意欲的に働ける方法を考えた」。
そこで発案したのが、業務に正副2人の担当をつける「バディ制」。天笠さんが勤務できない土曜日に問い合わせがあっても、もう1人の担当が対応できる。不公平感をなくすため、土日に出勤した社員に代休を取らせることも徹底した。打ち合わせは立ったまま行う、タブレット端末で情報共有を円滑化するなど業務効率化も進めた。職場の残業が減り「自分が知らないうちに起きることが減り、働きやすさにつながった」と天笠さんは話す。
長時間労働が当たり前の風土や力仕事が多い現場を持つ特性から、女性の活躍が遅れている建設業界。総務省の労働力調査によると、就業者に占める女性は全体の15%程度。他業界と比べて低い。中でも女性の技術者・技能者は女性全体の1割強どまりだ。
国土交通省と業界5団体は2014年に「もっと女性が活躍できる建設業行動計画」を策定。「女性技術者・技能者を5年以内に倍増させる」ことを目標に、女性が働きやすい現場づくりや女性リーダーの育成を官民挙げて進めている。しかし、男性中心の業界風土や慣習を変えるのは容易ではない。
「女性にやる気があっても、組織や働く環境が変わらないと何も動かない。マネジメント層がそれを理解し、働き方を変えていくことが重要だと思う」と話すのは清水建設人事部ダイバーシティ推進室の西岡真帆室長だ。女性が活躍できる職場づくりに取り組む男性管理職のロールモデルを示そうと、昨年社内で「イクボスアワード」を初めて開催。21件の応募から3件の「金ボス賞」を表彰した。
「金ボス」の一人、江東ポンプ所作業所で工事長を務める真先修さん(48)は、女性部下4人と男性部下2人を率いる。施工担当を固定せず、日ごとに決めることで、業務の見える化・共有化を促進している。
2カ月先までの勤務計画表をつくり計画的に代休が取れるようにするなど、男女とも働きやすい職場づくりを意識する。「限られた人員で成果を出すには、業務効率化が不可欠。部下一人ひとりの働きやすさを考えマネジメントしている」と真先さんは話す。
◇ ◇
採用難や離職率の高止まりに直面するリフォーム業界も、イクボス育成に動き始めた。日本住宅リフォーム産業協会(JERCO、東京・中央)は1月、NPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ、東京・千代田)と共同で「イクボスリフォーム企業同盟」を設立した。4月現在、14社が加盟する。
「長時間労働で人材育成の仕組みも整わないままでは、人材の確保がさらに困難になる。業界全体でムーブメントを起こし、働き方を変えていきたい」とJERCO理事の大堀正幸さん(42)は話す。
大堀さん自身、新潟県内のリフォーム会社の2代目社長として経営環境の厳しさや人材難を痛感してきた。今では「新潟県で一番働きたくなる会社」を目指し、ITを活用した生産性向上や業務効率化を精力的に進める。
イクボス育成に取り組むFJの安藤哲也代表理事は「これからは働きやすさが優秀な人材を集める鍵になる。男性中心の現場で働き方を変えるのが難しい建設業界だからこそ、イクボスの存在は重要だ」と話している。
◇ ◇
上司の意識改革へ研修
女性がキャリアアップと子育てを両立したり、男性が育児や介護に主体的にかかわったりするには、それを理解し、支援する上司の存在が欠かせない。
ファザーリング・ジャパンは、部下の多様性やワークライフバランスを尊重しながら成果を上げ、自らの私生活も充実させる上司を「イクボス」と名付け普及を促進。企業などで育成研修や講演会を行う。
今の管理職世代は残業は当たり前で、子育てや家事は専業主婦の妻任せで働いてきた男性が少なくない。その意識改革なしに、多様な人材の活躍は実現できないからだ。
2014年12月にはイクボス育成に取り組む企業のネットワーク「イクボス企業同盟」を設立。当初は11社だった加盟社は、4月現在で68社に増えた。建設業界からは清水建設や大東建託などが参加する。
(女性面編集長 佐藤珠希)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。