演劇にダンス、肉フェス… 「静岡って楽しい!」
静岡が演劇都市として全国にも例のない盛り上がりを見せている。ゴールデンウイーク恒例となった「ふじのくに せかい演劇祭」(4月29日~5月8日)を訪ね、年ごとに勢いを増す活気を感じた。街頭や特設された野外ステージでもパフォーマンスが繰り広げられ、都市全体が祝祭ムードに包まれたのだ。整った文化的基盤、歩いて回遊できる地方都市の快適さを生かし「肉フェス」やサンバのパレードと一体となった、演劇発のにぎわいだった。
演劇祭をになうのは静岡県舞台芸術センター、通称SPAC。東静岡駅前の静岡芸術劇場(グランシップ)、日本平北麓の舞台芸術公園を拠点とし、専属劇団SPACが地域密着型の活動をしている。市街から日本平へ向かう山中にこつぜんと現れる舞台芸術公園には古代ギリシャ風の野外劇場「有度」、極小のBOXシアター、内外の演劇人と滞在創作するための宿泊棟などがある。1997年、初代芸術総監督の鈴木忠志が静岡県と協力して実現させた。
宮城聡が二代目芸術総監督になったのは2007年。日本の演劇文化は東京一極集中で、他地域では演劇をみる習慣自体が根づいていない。そのため宮城総監督は中高生への鑑賞機会を広げることを目指し、名作路線を柱にすえた。シェークスピアの「ハムレット」やイプセンの「ペール・ギュント」、日本の「忠臣蔵」や「古事記」、三島由紀夫の「黒蜥蜴(くろとかげ)」といった古典や定評ある娯楽作を手がけ、観劇の入り口とした。他方、世界最先端の表現を演劇祭で紹介。自身も世界で最も注目されるフランスのアヴィニョン演劇祭で賛辞を集めた。14年にアヴィニョン伝説の地「ブルボン石切り場」で喝采をあびた「マハーバーラタ ナラ王の冒険」は帰国後、駿府城公園で凱旋公演している。
今回の演劇祭の目玉はSPACの大作「イナバとナバホの白兎」の初演。5月2~5日、駿府城公園の特設野外劇場で上演された。フランス国立ケ・ブランリー美術館が開館10周年を記念して委嘱した。欧州以外の地域から集めた民芸品や美術品を展示する同美術館は文化人類学的見地から運営され、その名もクロード・レヴィ=ストロース劇場を有する。そもそも「マハーバーラタ ナラ王の冒険」はレヴィ=ストロース劇場のこけら落とし演目であり、その評判をきっかけにアヴィニョン招請が決まった経緯がある。世界の芸能を取り入れ、現代的に混交させる歌舞劇が宮城演出の特質だけに、再び白羽の矢が立てられた。
有名な「因幡の白兎」伝説はアジアのどこかで生まれ、まず日本に伝わり、やがて北米先住民に伝わったのでは――。神話の類型を探究した人類学の巨人レヴィ=ストロース晩年の仮説を宮城は劇化した(台本は出演者の共同創作)。打楽器を中心としたバリのガムラン風楽団が舞台に陣取り、大仰な仮面を用いて夢幻的な神話劇が展開する。日本の因幡(第1部)、アメリカ大陸のナバホ(第2部)、神話の祖型(第3部)という構成。日本語の音を細かく切って朗唱する手法は大阪の維新派を思い起こさせたが、人形浄瑠璃のように声と演技を分離するSPACならではの演技術をもっと生かしたいとも思わせられた。人類普遍の神話的精神を感じさせるには演劇的練り込みがもう一歩か。
が、生演奏の迫力(棚川寛子音楽)はSPACの面目躍如。仮面や衣装の面白さにも集団創作を手がける専属劇団の良さが表れていた。このあとフランス公演がひかえるが、上演を重ねるごとに進化する舞台となるだろう。SPACの捜索の軌跡については新刊の「宮城聡の演劇世界」(塚本知佳/本橋哲也著、青弓社)にくわしい。
このほかの舞台では、南アフリカのアニメーション作家ウィリアム・ケントリッジ演出の「ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ」が人種差別を克服する苦しさをパペット、映像、演技のユーモラスな組み合わせで構成。シンガポールの演出家オン・ケンセンが野田秀樹作「三代目、りちゃあど」を日本、シンガポール、インドネシアの役者で上演する実験的試みをみせた。レバノン生まれで中東の悲惨をえぐる劇作家ワジディ・ムアワッド、やはりレバノンの作家で独り芝居に取り組むサウサン・ブーハーレド、フランスの代表的演出家オリヴィエ・ピィ、オーストラリアのティム・ワッツの舞台も紹介された。欧米の国際演劇祭とは比較にならないが、国内を見渡せばフェスティバル/トーキョーなどをしのぐ内容といえる。
祭りにさかのぼる世界各地の芸能を盛りこむSPACの創作姿勢は静岡に根をはり始めたようだ。静岡駅から駿府城公園までの繁華街を歩くとビールを飲める野外の食事空間があり、ダンスや大道芸のパフォーマンスと出合う。通りにはサンバのパレードが通る。駿府城公園では「肉フェス」で珍しい肉料理を野外で味わう。演劇祭を東京から見にきた芸術系大学の若手教員は「静岡って楽しい!」と声をあげていた。
演劇祭期間中、街全体が祝祭空間になるのは欧州ではあたりまえ。切符がとれず劇場に行けなくても、街のカフェで気分が味わえる。ところが交通、警備、消防などが厳しい日本の大都市では、これがなかなかできない。静岡は例外的な成功例といえる。事故やトラブルは防がねばならないのは当然ながら、観光立国を目指すこの国では芸術祭における「規制緩和」がもっと論議されていい。
会期中、駿府城公園で宮城聡に加え、劇作家の平田オリザ、シンガポールの演出家オン・ケンセンがシンポウジウムを開いた。演劇の意義を明かす宮城の言葉が印象に残った。1959年生まれで、学校の先輩、野田秀樹の高校演劇に衝撃を受けたのがきっかけでこの道に入ったが「自分のような者でもここに居ていいんだ」と思わせてくれることが演劇や芸能の素晴らしさだという。
世界に拒絶されていると感じ、閉じてしまいかねない人の心を開くこと。精神活性化に向けた社会政策はこれからの日本で経済政策以上に大切なものとなるだろう。
(編集委員 内田洋一)
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