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芥川賞作家、長嶋有が初の書き下ろし長編 あえて今、泣ける恋愛

日経エンタテインメント!

2016/3/6 日経MJ

ながしま・ゆう 1972年生まれ。2001年に文學界新人賞を受賞した『サイドカーに犬』でデビューし、翌年『猛スピードで母は』で第126回芥川賞を受賞。07年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞。著書に『ジャージの二人』『問いのない答え』など。

必要に迫られて40歳で自動車運転免許を取得した主人公が、仲間とドライブする。長嶋有の1年11カ月ぶりの新刊『愛のようだ』は、大部分を車内でのシーンが占める長編だ。

「本当は“約2年ぶり”と省略してほしくないんです。前作『問いのない答え』が1年9カ月ぶりだったので、それよりも間を空けたくないと書き始めました」。結果的に前回より少し間が空いてしまったものの、「こそくだけど、これで“俺は2年空けずに書いてる作家”と言える」と長嶋は笑顔を見せた。物語は、主人公・戸倉が教習を受けている場面から始まる。戸倉は教官の言葉や態度から、かつて読んでいたいくつかの漫画に思いを寄せていく。

「実際に自分が中年になってから免許を取ってみたら、面白くて面白くて。教習所で講習を受けているときに去来したのが漫画のことだったし、教習所に通って免許を取ること自体が漫画的な体験だと思ったんですよね。そうやって思いついたことを自然な形で小説にするには、主人公を漫画評論家にするのが都合が良かった」

長嶋は小説家であると同時に、サブカル系コラムニスト・ブルボン小林としても活躍してきた。特に、独自の切り口から軽妙に語られる漫画評にはファンが多い。『愛のようだ』は小説ながらも、主人公を通して教習シーンが印象的な漫画タイトルが羅列されたり、『キン肉マン』のコマ割への熱い思いが吐露されたり、長嶋有・ブルボン小林両方の味わいが融合される作品となった。

だが、書き上げるのは一筋縄ではいかなかったと長嶋は振り返る。「2章分のドライブシーンを書いたところで、ぱったりとあとが続かなくなっちゃって……」

エンターテインメント的な小説にしたいという思いが、長嶋にはあった。男性同士のディベートや女性観、ドライブ&ミュージックなどの要素は描けていたものの「なんか小説的ではないなって。それで、小説としてのテーゼのようなものを模索し始めました」。

そこで浮かんだのが、かつて一世を風靡していた“泣ける小説”というキーワードだった。エンターテインメントの王道として受け入れられていた恋愛小説が、最近は書かれなくなってきていると長嶋は分析する。

「デビューしてしばらくは『恋愛小説を書いてください』という依頼が多くて、『ああ、僕の書いた恋愛小説を読みたいのか』と試しに書いてもみたのですが、『世界の中心で、愛をさけぶ』を筆頭に“泣ける”恋愛小説がベストセラーに並ぶ時代だったんですね。それに気づいて『恋愛は書かない』と言い続けているうちに、時代の潮流は犯罪小説に移っていました。もう手あかがついてその辺に捨てられてしまった“泣ける”を、それなら僕が拾ってやろうと。ドライブ中のボーイズトークの横軸に“泣ける恋愛”を通してみたら、小説としての結構が整うようになりました」

初の書き下ろしで挑んだ真っすぐな恋愛小説。車中の濃い会話劇を楽しむうちに、心の奥底にしっかりと刺さってくる。

■愛のようだ
40歳を超えて初めて自動車の運転免許を取得した戸倉は、友人らと車で出かける機会が多くなる。伊勢神宮、草津温泉、富山、岡山……。その時々で行き先もメンバーも異なるが、交わされる会話や流れる音楽も違ってくる。そこでしか味わえない瞬間の積み重ねは、戸倉の心に潜む恋情をも呼び起こすのだった。(リトルモア/税別1200円)

(「日経エンタテインメント!」2月号の記事を再構成。敬称略、文・土田みき/写真・鈴木芳果)

[日経MJ2016年2月26日付]

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