現代美術家・束芋が映像芝居 老いて得られる果実示唆
「錆からでた実」は2013年に東京で初演され、14年に京都で再演された。今回、作品を一から練り直し、7月8~10日に東京芸術劇場(東京・豊島)で再々演する。これに先立ち、今月10日、滞在制作施設の城崎国際アートセンター・ホール(最大1000人収容)で試演会を開いた。
3月18日から約3週間、束芋は振付家・ダンサーの森下真樹らとセンターに寝泊まりし創作に没頭した。束芋が構成・演出・映像を、森下が振り付けを担当。ダンサーの鈴木美奈子が出演し、音楽の粟津裕介と田中啓介が舞台袖で電子ピアノやドラムなどを演奏する。
束芋は芸術系大学の卒業制作でアニメを使ったインスタレーション作品で注目された。現代社会を鋭く切り取る視点が高く評価され、数々の国際展にも出展。近年は舞台の映像を手掛けるなど、演劇関係の活動も増えている。
試演会の冒頭、真っ暗な舞台中央のホワイトボードにモノクロのアニメが映し出される。最初は裸電球だったのが、人の上半身の影らしきものに変わると、下からぬっと鈴木の足が現れた。上半身の影と生身の足が一体になってダンスを繰り広げる。
自ら木琴を弾く
舞台背後につった紗幕(しゃまく)もスクリーンに変わった。鳥かごの中でばたつくハトのモノクロ映像が紗幕いっぱいに広がり、前に立つ鈴木の衣装に映像の一部が重なる。踊る鈴木をハトがつつく。
別の場面では舞台両袖で演奏する粟津と田中の前だけ、紗幕を黒くして2人を覆い隠す。淡い照明を受けながら踊る鈴木との対比で楽しませる。「ダンサーの身体と映像、音楽の3者が一体的に絡み合った時に、面白いものができる」。束芋が考え抜いた演出だ。
束芋は自らシロフォン(木琴の一種)を弾いた。鍵盤が映像のスイッチ機能を兼ね、マレット(ばち)でたたくと画面が変わっていく。手応えを得た様子で、本番でも試みられそう。
6つの場面で構成し、上演時間は約60分。最後はアニメのボタンが咲いた後、花がボテッと落ち、視神経を拡大した画像が広がって幕を閉じる。錆と人の老いのイメージを重ね、加齢によって何かを失うだけでなく、得るものもあると伝えたかったのだろう。
束芋と森下は1975年11月30日生まれで、血液型がO型、3姉妹と3つの共通点がある。互いに面白がって、2組の3姉妹が集って食事会などを開くうち「一緒に何かできたら」と構想が膨らんだ。バンド活動もする森下の持ち歌「あいまいな稜線(りょうせん)」に着目。歌詞の一部の「錆からでた実」をタイトルにして、基本テーマに据えた。
手の動き「影絵」に
城崎国際アートセンターを制作拠点にしたのは施設の充実ぶりを見込んだからだ。ホールのほか、大小6つのスタジオ、最大22人収容の宿泊室7室などを備える。選考を通れば、施設を24時間無料で利用できる。森下は「アイデアが閃(ひらめ)いた時、すぐ舞台で試せるのが一番の利点。通常の環境なら半年はかかろうかという作品を3週間で作れた」と話す。
寝食を共にしたからこそ、生まれた場面がある。束芋がしばしばモチーフにする「手」をクローズアップしたダンスだ。森下が即興で演じた動きを採用。舞台では鈴木の手の動きを背後のホワイトボードに影絵のように映し出した。
「手」と「ハト」のモチーフの強調では、劇作家でもあった小説家、安部公房の作品「手」が「指針になった」(束芋)という。小説の中で、ハトが銅像や銃弾に次々と変転していく。束芋は「物質は安定した状態と不安定の繰り返し。錆にはマイナスイメージがあるが、パワーに変えていくこともできる」と話す。錆や老いに衰えを見るのではなく、そこでできることを考えるという発想だ。
試演会翌日、束芋らはミーティングで作品を検証した。「完璧」とも思えた出来栄えだったが、ダンスの振り付け、音響のバランスなど、もっと改善できるという声が挙がった。
「7月の本番は数段よくなった作品をお見せできる」。束芋は自信をのぞかせた。
(編集委員 小橋弘之)
[日本経済新聞夕刊2016年4月18日付]
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