一瞬の詩情を音に 作曲家・ピアニスト、加古隆さん
NHK「映像の世紀」続編、音楽を再び担当
クラシック、現代音楽、ジャズ、映画やテレビの音楽までジャンルを超え、記憶に残る作品の数々を生み出している。昨年から今年にかけては、代表作であるNHKのドキュメンタリー番組「映像の世紀」(1995~96年放送)の続編「新・映像の世紀」(昨年10月~今年3月)の音楽を再び担当し、サウンドトラックを発表するなど、69歳の現在も枯れる様子はない。
「『映像の世紀』の放送終了から20年が過ぎたが、僕にとっては意味のある作品だった。内容も素晴らしいし、代表曲になった番組のメーンテーマ『パリは燃えているか』をはじめ、多くの方に音楽を聴いてもらえた。僕の曲が映像に合うことも認識できた」
続編の制作にあたり、既存の楽曲の手直しだけでなく、劇的に変化している世界の情勢や価値観を反映させた新曲も手掛けた。
「この20年は40~50年分に匹敵する濃密な変化がある時代だった。テロ事件が相次ぐなど世界は混迷を深めているが、現在起きていることのタネは前回取り上げた20世紀前半にあったと感じる。良くも悪くも、神様が思い描いたシナリオ通りのことが起きているというイメージで書いた新曲が『神のパッサカリア』。そして、今の時代に僕が何を歌いたいかを考えて書いたのが『愛と憎しみの果てに』。個人というより地球全体への愛だ」
映画やテレビのための音楽に限らず、自然、国、街並みなど様々な視覚的イメージが喚起される作品が多い。耳に残る多彩なメロディーやハーモニー、そしてそれらを一気に覆す混沌とした音の響きやうねり。まるで音楽自体がダイナミックな映像のようだ。
「よく共演者から『加古さんの音楽は絵が見える』と言われる。映像音楽を始めたのは偶然依頼があったからだが、周りの人はその頃から映像との相性に気づいていたのだろう。音楽を作る際は台本や言葉からイメージを膨らませ、直感的に、瞬間的に『ポエジー(詩情)』を捉える。もちろん、あとで映像を見て付け加えることもあるが、だいたい当初感じたポエジーは間違っていない」
「僕はクラシックで音楽に目覚めて、現代音楽の作曲家になるために71年に渡仏し、作曲家のメシアンに師事した。そこでフリージャズにはまり、即興で弾く楽しさを覚えた。80年に帰国し、画家パウル・クレーの画集を音楽にしたピアノ曲集『クレー』を発表した。いずれも一瞬のポエジーを爆発させて音楽にする経験で、それが後に映像音楽を作る際役に立った」
音楽はジャンルに関係なく「自然に生まれるもの」が理想だと考える。
「新緑の葉っぱを見て毎年感動するのと同じで、音楽も聴くたびに心の琴線に触れるものでないと面白くない。そのためには、自分が好きな音楽をやり続けることが必要。僕は作曲とピアノを欠かせない両輪として、今でも音楽を夢中でやっている。そしてクラシック、現代音楽、ジャズの3つが混然一体となって僕の中に自然と溶け込んでいる。ジャンルを意識せずに音楽に取り組んだことが、今の僕の基礎を作ったし、今後もそれは変わらない」
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自然が創作の源泉
「山や木々に囲まれた静かな環境で音楽を作りたい」という思いから、現在は神奈川・湯河原と長野・軽井沢の2カ所に制作の拠点を構える。後者は軽井沢駅から車で約15分の場所にある。3月下旬に訪ねると、敷地内には春の陽光を受けてフキノトウが芽生え始めていた。年に5カ月はこの地で過ごすという。
ログハウス風の黒い木造の建物には五角形の仕事場があり、30年近く使用しているという木製のグランドピアノやキーボードがある。実際に音を出してもらうと、ピアノや部屋の木のぬくもりが感じられる、柔らかな響きが部屋中を包み込んだ。まさに創作の源泉がここにある。
「新・映像の世紀」と映画「エヴェレスト」の音楽を中心としたコンサート(今月23、24、30日)に加え、7月のピアニストの辻井伸行、ピアノユニット「レ・フレール」との公演に向けた準備が進む。「共演者たちは若いけど、年を取ったから偉いわけでもない。音楽は平等」と笑う。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2016年4月13日付]
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