蜜のあわれ
幻想とリアル、生と性
老いた小説家と赤い金魚の恋と言うと摩訶(まか)不思議な感じがするが、そんな奇妙奇天烈な物語を描いた石井岳龍の新作である。詩や小説、童話などをものした文学者、室生犀星の晩年の小説を原作に、幻想的かつリアルな、エロティックでもある耽美(たんび)的世界を味わい豊かに描いている。
池のある庭を見渡す書斎で文机に向かって仕事をする和服姿の老いた作家(大杉漣)。そんな彼を「おじさま」と呼び、自分を「あたい」と言う赤子(二階堂ふみ)。作家はコケティッシュな彼女の姿をスケッチ帳に描くが、そこには赤い金魚が描かれている。
街の場末の映画館に総天然色シネマスコープの映画ポスターが貼られているように、時代は1950年代末だろうか。町の風景も昭和の香りが漂っている。そんな雰囲気の中、赤い服を着た赤子は愛くるしい姿態で作家に甘え、その姿はエロティックでもある。作家もゲームに興じるように彼女に応える。
ある日、作家が講演する会場で赤子はゆり子(真木よう子)という不思議な女性と知り合う。いつも白い服を着ているゆり子はかつて作家と何やら因縁があったが、実はこの世の人ではなかった。一方、作家は街で新しい愛人と密会。それを知った赤子は嫉妬して作家に子供を産みたいと伝えるが……。
老作家をめぐる赤い金魚の少女や幽霊、また原作にはない芥川龍之介の幽霊の登場など、何とも夢幻的な世界であるが、映像は幻想とリアルな世界を軽妙なタッチでバランスを取って巧みに描き出している。金魚の人格化された精との官能的な交流を通して、老いた作家の生と性が浮き彫りにされる様は楽しめる。
赤子役の二階堂ふみの好演が光る。愛嬌(あいきょう)のある容貌や天真爛漫(てんしんらんまん)な振る舞い、あどけない姿態など、その存在感が魅惑的である。1時間50分。
★★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2016年4月1日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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