中学で落第、危機救った掃除癖和魂洋才の八分目経営(3)日本ケンタッキー・フライド・チキン元社長 大河原毅氏

日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)創業時のメンバーで、3代目社長を務めた大河原毅氏の「仕事人秘録」。今回も少年時代を振り返る。

中学1年を落第する。

家業の破綻で勉強どころではありません。横浜に住むことはできず鎌倉の極楽寺で一人暮らしを始めました。同級生は私のことを裕福なボンボンと思っていたようですが、食べるものにも困るようなありさまでした。

体育の時間のことです。運動場で倒れてしまったのです。私を抱えた先生があまりに軽いことに驚かれ、ジープで自宅まで送ってくれました。先生はその時に私の住む家が電気を止められ、食べるものもない状態にあることをお知りになったようです。

栄光学園の丹沢ヒュッテでの食事(左)

栄光学園は神奈川の丹沢に宿泊施設を持っていました。夏、約1週間の合宿をするためでしたが、私はその宿泊施設で過ごすことを許されました。施設にいれば食事に困ることはありません。

小児結核からの病み上がりの身ですから運動会は嫌でたまらず、運動会の数日前から体調がよくないと予防線を張っていました。

と言うのも私の家からは誰も来ないのです。運動会はみんなお昼に家族と一緒にお弁当を食べるのですが、私は独りぼっちでした。

しかし、それを先生が察してくれました。昼に「大河原君、ちょっと」と、教室に行くように言われるとそこにはミルクとサンドイッチが置いてありました。うれしかったです。

栄光では2度落第すると放校処分になるが、大河原氏は中学3年生で2度目の落第をしてしまう。

2度の落第は栄光の開学以来初めてだったそうです。別の学校に移らなくてはなりません。父に相談すると「君の責任なのだから、君が解決しなさい」と言います。仕方なく「何をすればいいですか」と聞くと「(栄光の初代校長で上智大学で教えていた)グスタフ・フォス校長に相談しなさい」と教えてくれました。

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