甘い麺、松山名物とはツユ知らず
常識をツルっと覆す
しばしば「県民食」不在と言われる愛媛だが、かんきつ類や瀬戸内の魚介など食材が豊富で様々な料理が伝わり、地域代表が決まらないのが実情だ。一方で料理を問わない特徴が甘めの味付けで、県都・松山では甘い中華そばやパスタ、鍋焼きうどんが大人気。知らずに食べればその味に箸が止まること請け合いだ。
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午前11時半の開店と同時に、ビジネスマンらが店内に吸い込まれる。松山市の中心街にある「瓢太(ひょうた)」は1980年の開業以来、高い人気を保つ中華そば屋だ。
特徴は「常識」を覆す甘いスープ。鶏ガラと豚皮をベースに秘伝の調味料を加えて作り、創業時から継ぎ足しながら使っている。何度飲んでも甘いのだが、不思議と後味はスッキリ。「周辺のホテルに泊まる出張族も立ち寄りますよ。何度か食べるうちに癖になるみたいです」と2代目店主の加藤大さんは笑う。
瓢太と並んで松山市民が愛してやまないのが「アサヒ」の鍋焼きうどんだ。中心商店街からはずれた狭い路地にある小さな店で、開業は戦後間もない47年。木造の建屋は当時の面影を残す。昼間のみの営業で売り切れ次第閉店だ。
「まだ甘いものが貴重だった昭和22年(1947年)に曽祖父の考案でアサヒの鍋焼きは誕生しました(後略)」
のれんをくぐるとこんな「口上」が書かれた貼り紙が目に入る。「デザートはメニューにないはずなのに……」と首をかしげることなかれ。アルミの小鍋で出された鍋焼きを食べれば納得。立派な「甘味」だ。
伊予灘で採れるいりこを使っただしに、砂糖で甘く味付けたトッピングの肉の味がしみ出している。軟らかく煮たうどんに絡んで何とも優しい。「甘さにびっくりするお客さんもいますが、おかげさまで永く親しまれています」と4代目店主の川崎哲子さん。その言葉の通り客層は子供連れからお年寄りまで幅広い。
両店のにぎわいをみていると、甘さは店の個性と同時に松山人の好みと言えそうだ。隣町にある調味料メーカー、義農味噌(愛媛県伊予市)を訪ねると、田中正志社長が「麦の栽培が盛んな愛媛県は全国で数少ない麦味噌の文化圏。味の嗜好に影響しているかもしれません」と教えてくれた。
愛媛の麦味噌(伊予の麦味噌)は一般的な米味噌に比べて甘みのもとになる麹(こうじ)の割合が高い。腐りやすい大豆を余り使わないため塩分が低く、甘さがより引き立つ。麦味噌は県中部以南で特に好まれる。
義農味噌は2年前に「松山・昭和レトロ ミートソース」を発売した。昭和の半ばごろにあったスパゲティの名店「アミド・パリ」の味を再現したというミートソースには砂糖と麦味噌を加えている。他社商品の約7倍の価格にもかかわらずリピーターも多い。
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アミド・パリでこそ味わえないが「レストラン野咲(のさき)」なら松山らしい洋食を堪能できる。開店以来45年変わらぬミートソースはしっかり煮込んだ焦げ茶色。塩味が効いていそうな見た目だが、ひき肉のうまみに甘さがしっかり絡んでいる。「一番おいしいと思う味を追求したらこうなった」と店主の冨永親典さん。味の決め手は砂糖と多めのポートワインだ。
地域に根付いた甘い味付けには諸説ある。中四国初のシニア野菜ソムリエ、近藤路子さんは「麦味噌(調味料)説」も一説としつつ「城下町説」を挙げる。「砂糖が高級だった藩政時代に食べ物に砂糖を入れて権力や財力を誇示したなごり」とみる。そういえば、松山銘菓のタルトはアンをカステラ生地で巻き、上から砂糖をまぶしている。
「傷みの早い海産物を保存するため砂糖で細菌の繁殖を抑えたのではないか」というのは郷土食に関する著作があるフリーライター、土井中照さん。愛媛調理製菓専門学校(松山市)の渡辺雅子校長は「砂糖は産物に恵まれ災害も少ない豊かな土地の象徴だったのでしょう」と指摘する。
確かに松山は気候温暖で人柄温厚、道後温泉もある。市が掲げる都市イメージは「いい、加減。まつやま」だ。人を癒やす甘い料理はそんな街にお似合いだ。
愛媛県は横断するのに特急列車で約3時間を要する広い県だ。地域性が豊かで、県中部(中予)から南部(南予)を巡るにつれて味付けは甘くなる一方、今治市など県東部(東予)はそれほどでもない。
南予の甘い郷土料理の代表例が大洲の「芋炊き」。藩政時代の農民の親睦行事「お籠(こも)り」が起源とされ、砂糖入りの甘い汁にサトイモなどの具が入る。秋の夜長を楽しむ宴に欠かせない。宇和島周辺では焼き魚と麦味噌をすり合わせた汁を麦飯にかけて食べる「さつま汁」が有名だ。
(松山支局長 入江学)
[日本経済新聞夕刊2016年2月23日付]
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