母と暮せば
悲痛な現実と夢のぬくもり
近年の山田洋次監督の旺盛な挑戦心には驚く。学生との協働(京都太秦物語)、小津安二郎作品の翻案(東京家族)、ミステリー(小さいおうち)。84歳での新作は初のファンタジーである。
長崎の原爆で死んだ息子の幽霊と生き残った母親が語り合う物語だ。広島を題材にした井上ひさしの戯曲「父と暮せば」と対をなす。井上のアイデアを遺族に聞いた山田が脚本を書いた。
独り暮らしの助産婦・伸子(吉永小百合)の前に3年前の原爆で死んだ浩二(二宮和也)が現れる。「元気?」と伸子。「元気なわけなかやろう。僕はもう死んでるんだよ。相変わらずおとぼけやね」と浩二。
たびたび現れる浩二と伸子は思い出話を楽しむ。浩二の気がかりは恋人だった町子(黒木華)。町子は浩二が死んだ後も伸子をよく訪ねてくる。伸子は町子の将来を気づかうが、浩二は町子を諦めない。そんな息子を母はいとおしく思う。
なぜ息子が死んで、自分が生き残ったのか? 母には罪悪感がある。闇物資を売ってくれる叔父さんとのつきあいを息子にたしなめられると、生きるために必要なのに、やめてしまう。
町子にも同じ罪悪感がある。結婚する気にはなれない。そんな町子に前向きに生きるよう伸子は説く。浩二もこう考え直す。「町子の幸せは、原爆で死んだ何万人もの願いなんだ」
戦後の過酷な現実の中で妄想する母親の悲痛な物語だが、不思議なぬくもりがある。吉永の「おとぼけ」な感じが、夢見る母親のリアリティーとなっている。
山田作品には珍しい表現主義的な技法を駆使したファンタジーという形式も、ぬくもりを生む。浩二が指揮をするとオーケストラが現れ、寮歌を歌うと夕焼け空に校旗がはためく。浩二が消えるとレコードがひとりでに棚に戻り、はたきが畳に落ちる。夢の余韻がほのかな希望につながる。2時間10分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2015年12月4日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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