ヘルスUP

介護に備える

難病児、家だけで抱えない 宿泊施設利用/主治医以外も相談に

2015/11/10 日本経済新聞 朝刊

 最新の医療で一命をとりとめたものの、重い病気や障害を抱えたまま生きていく子どもをどうケアしていくか。家族が自宅で面倒をみる例が多いが、負担は重い。子どもを一時的に受け入れる施設をつくったり、病院に専門部署を設けたりし、子どもの生活の質(QOL)を向上させ、家族の力にもなろうという試みが一部で始まっている。

■長期療養、負担軽く

 「おぎゃー」。出産直後は確かに元気に産声をあげた赤ちゃんに、数カ月後に異変が起きた。呼吸が苦しくなり、近くの医院で診てもらっても原因がよくわからない。国立成育医療研究センター(東京・世田谷)に運び込まれ、筋ジストロフィーと判明した。同センターの阪井裕一副院長は過去に、こうした患者を何度か受け持った。

 赤ちゃんの状態は人工呼吸器をつけると安定し親もほっとする。同時に「この先どうするか」という問題が浮上する。筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難病は年齢とともに症状が悪化していくからだ。患者と家族が元気で健康な生活を送れるようになるとは限らない。

◇            ◇

 多くの場合、家族は子どもを自宅に引き取り在宅ケアをする。退院前に医師に相談し、在宅用の人工呼吸器や酸素吸入器などを使う。機器の使い勝手はよくなったが、親は患者だけ家に残して外出するわけにはいかず「何かあったら」と気が休まらない。夫婦の一方が仕事をやめたり、離婚に発展したりする例もある。

 家族の相談に個別に応じていた阪井氏のところに「呼吸が止まりそう。どうしたらいいのか」と患者の親が慌てて電話してきたこともある。「起こしてあげて」などと指示するが、そのまま最期に至る場合もある。家族にとって医師との「ホットライン」は命綱で、冷静な行動が欠かせない。

 症状が比較的軽く、夜間は人工呼吸器に頼るが昼間は学校へ通える子どももいる。「学校の先生から親が必ず付き添うよう言われた」などの訴えもセンターの医師には届く。医師が学校に出向いて心配はいらないと説明したこともあるという。

 阪井副院長によると医療技術の進歩によって救命できる子どもが増え、乳児死亡率は1950年の6%から現在は0.2%程度まで改善した。一方で在宅で医療ケアが必要な重い病気の子どもは増え、全国で約1万~1万3000人と推定される。センターの病院で人工呼吸器を付けている患者だけで50人を超える。

16年春の開所をめざす国立成育医療研究センターの「もみじの家」(東京都世田谷区)

 多くの患者に医師が個別対応するのは限界がある。センターでは在宅で療養している子どもと家族の生活の場として短期滞在型のケア施設「もみじの家」を2016年春に開設する計画だ。子どもの個室に加えて3人部屋などがあり、ふれ合いの場としてプレールームや音楽室、図工コーナーなどを設ける。

 最大11人の子どもが宿泊でき、1人あたり1回7日以内、年間で計20日程度まで使えるようにする。常駐の看護師、保育士、介護福祉士やセンターと併任の医師などがおり、緊急時には同じ敷地の病院で処置を受けられるので親は安心だ。親にとっての「つかの間の息抜き」は心身の状態を良好に保つのに役立つと期待する。

◇            ◇

 重い病気を抱えて生まれ入院中の子どもや、がんと闘う子どもと家族に対する、病院での日々のケアを充実する動きもある。神奈川県立こども医療センター(横浜市)は13年に緩和ケア普及室を発足した。「病気を治すための検査、処置、治療以外のあらゆるケアが対象」(室長の三輪高明麻酔科部長)となる。

 手足の骨に異常があり何度も手術をする難病や、長期間、抗がん剤投与が必要な血液のがんの患者などは頻繁に痛みや体の不調を訴える。主治医ではすべてフォローしきれないため、普及室の麻酔科の医師や臨床心理士、ソーシャルワーカーなどが相談に乗る。

子どものケアに活躍する神奈川県立こども医療センターの「ベイリー」

 普及室のメンバーに「友達」のように接する患者もいる。主治医にはどう苦しいのかうまく言えないのに普及室員がいると打ち明けてくれるケースもある。特に子どもたちが頼りにするのが犬の「ベイリー」。ハワイでケアの特別訓練を受けたゴールデンレトリバーで、同センターに常駐するれっきとした普及室員だ。

 「ベイリーが一緒に行ってくれるなら手術を受ける」「ベイリーがいるから採血も痛くない」と子どもたちに引っ張りだこ。主治医と一対一だと遠慮して質問を控えてしまう親も、ベイリーがいると場がなごんで話しやすくなるという。処置がスムーズに進めば患者、家族、医師のすべてにとって心身の負担を減らせる。治療やケアは長期に及ぶだけに、こうした支援部門の充実に力を入れているかは病院を探す際の重要なポイントといえそうだ。

◇            ◇

■小児期過ぎたらどこへ? 受け皿不足、課題

 重い病気の子どもを持つ親が抱える共通の悩みが、小児期を過ぎたらどうなるかだ。病院にもよるが、小児科は15~18歳くらいまでが対象。症状は徐々に悪化するのに、年齢を重ねると追い出されてしまうのかと心配になる。実際は、外部に専門家もおらず、成人になっても引き続き治療やケアを受ける患者が多い。

 ただ「既にパンク状態になりつつある」と、高校生の頃から神経難病のコケイン症候群を発症した双子の娘を持つ、たなか成長クリニック(東京・世田谷)の田中敏章院長は危機感を抱く。

 より症状が重い1人は国立成育医療研究センターに入院中だが、もう1人は在宅ケアで、24時間付き添いが必要だ。ヘルパーの費用だけで毎月30万円程度の出費がある。ケアの充実が叫ばれる高齢者と、改善の動きがある小児のはざまに入る年齢層をどう救うかも大きな課題だ。

(編集委員 安藤淳)

[日本経済新聞朝刊2015年11月8日付]

ヘルスUP新着記事

ALL CHANNEL