この国の空今の日本も見据える

戦後も70年。天下国家のことを声高に言う戦争映画や、戦争の悲惨を深刻荘重に描く映画などはもう力を失った、という気がする。

戦争の時代を知る人間がほとんど居ない。従ってその概念的総括は絵空事化する。今必要なのは往年の松竹大船映画のように「それを典型的な庶民の家庭の、家族の会話の範囲内で、具体的に描く、鋭いリアリズム」でしか、普遍化のしようがないだろう。

高井有一の小説(新潮文庫)を、「赫い髪の女」「遠雷」「ヴァイブレータ」の荒井晴彦が脚本化し、「身も心も」に続いて監督もやった、この映画のように。

前半、石橋蓮司や奥田瑛二などのヴェテラン俳優に、セリフで要約させたような形の敗戦間近の東京の描写が、ややそっけない。

しかし二階堂ふみの19歳のヒロインが、素朴な演技と簡素な衣服の下の若々しい肢体の魅力をみせて、本格的に動きはじめると、荒井監督のシンプルな演出が次第に力を発揮する。

彼女と工藤夕貴の母親の家に焼け出された富田靖子の伯母が、ころがりこんでくるあたりの肉親の葛藤。

ヒロインと母親が食糧買い出しに行き、田舎の河原で貧しい昼食をとる場面での、2人の女優の肉体的な存在感をテコにした、戦時下の女と男の微妙な関係についての会話が、面白い。

それを実証するように、長谷川博己の妻子を疎開させた38歳の銀行支店長とヒロインは、米を仕入れに行った帰りの神社の境内で男と女の関係を接近させる。そして空襲におびやかされつつ夜、彼の家で結ばれるあたりの切迫感と余情。

やがて敗戦を知ったヒロインが、いつか彼の妻子が帰る日を予感するクライマックス。その横顔のストップモーションに、茨木のり子の詩を重ねた映画オリジナルのラストが、胸をうつ。まるで、今の日本そのものをも、見据えたような。2時間10分。

★★★★

(映画評論家 白井 佳夫)

[日本経済新聞夕刊2015年8月14日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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