「医療メディエーション」 患者と医師を橋渡しトラブル回避 冷静な話し合い促す

患者と病院との間で起きたトラブルをどう解決するか。両者の間に立って“仲裁”をする「医療メディエーション」(対話仲介)と呼ばれる制度が定着してきた。看護師らが中立的な立場で話し合いに加わり、不満や怒りをすくい上げる。医療事故が一向に減らないなかで、その役割は増している。

「これは正しい治療なのですか」。病院の一室で患者の妻が訴えた。抗がん剤の副作用に苦しむ夫を見て不安になり、投薬中止を主治医に求めた。主治医は「リスクは低く、副作用も予想内」と応じ、話は平行線をたどる。

2人の間に看護師のメディエーターが座り、妻に声をかけた。「歩けないほど気持ち悪いことはありますか?」。次いで医師に「実際に副作用はあと何カ月続くんですか?」。患者や家族が訴える症状や気持ちを具体的に伝え、医師が口にする専門用語を分かりやすく言い換える。

メディエーターは病院の職員だが、この場ではあくまで中立的な立場。医者と患者の関係がこじれると、「感情的に怒りや不安をぶつける患者」対「難解な専門用語で説明する医師」という構図で、溝が深まりがち。問題点を整理し、冷静な話し合いができるようにする。

2011年に制度を導入した北里大学病院(相模原市)のメディエーター、川谷弘子さん(54)は「こちらを見向きもせずに病状を説明された」といった不満を月30件ほど受ける。面談は1回30分から1時間程度、複数回におよぶことも。川谷さんは「納得するまで話し、理解した上で治療を受けるかどうか選んでもらうことが大事」という。

医療メディエーションは英国や米国で導入されている。日本では05年、公益財団法人の日本医療機能評価機構(東京・千代田)が養成を始めた。現在は社団法人「日本医療メディエーター協会」が研修を受けて申請した医療者を認定しており、今年6月までに約3500人が認定を受けた。これまでに500人以上が研修した愛媛県医師会によると、医療紛争や裁判が減少傾向にあるという。

養成研修で、参加者が患者・医師・メディエーターに分かれてトラブル解決の話し合いを体験した(6月、東京・新宿)

6月に東京都内で開かれた研修では、看護師や事務職員ら約20人が患者と医師、メディエーター役に分かれ、ロールプレーに挑んだ。徳島県の女性看護師(55)は「『言った』『言わない』でこじれることも多い。うまく橋渡しできるよう考えたい」と話す。

国も制度を後押しする。12年度の診療報酬改定で、専従の職員を相談窓口に置くなどした医療機関に加算する仕組みを導入。厚生労働省によると、13年は約4割に当たる3477病院が加算を届け出た。13年には「医療対話推進者」の名称で職務として位置づけ、業務や研修の指針を示した。

今年10月には医療事故調査制度が始まる。各医療機関には公平な調査や患者側への十分な説明が一層求められ、メディエーターの役割も増しそうだ。

ただ制度を取り入れても、患者の不満や抗議を聞くだけの「苦情係」になるなど「活用しきれていない病院も多い」(協会)。早稲田大学大学院の和田仁孝教授(紛争解決)は「病院長や医師が意味を理解しなければ正しい役割を果たせず、患者にも認められない。量・質をどう引き上げるかが課題」と指摘する。

北里大学病院は13年から院内での研修にも力を入れ、早い段階で医師からメディエーターに連絡が入るようになったという。損保ジャパン日本興亜リスクマネジメントは対応例などを含むDVD教材を作製した。メディエーターだけでなく、医師にも見てもらうことを想定している。

医療トラブルで裁判になると、病院、患者双方にとって負担が大きい。医療過誤原告の会の宮脇正和会長は「病院によって患者と向き合う姿勢に大きな差がある。患者を納得させるのではなく、本当のことが知りたい、という思いに応えるよう心がけてほしい」と訴える。

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増加する医療訴訟 審理に平均2年弱

治療をめぐって病院の説明に納得できなければ、裁判などの司法手続きに移る。

最高裁によると、2014年に全国の地方裁判所に提起された医療関係の訴訟は前年比8%増の847件。平均審理期間は2年弱で、全民事訴訟の平均(約8カ月)倍以上。高度な医療知識が求められ、カルテの鑑定や証人確保などに時間がかかるためだ。

一方、裁判ではなく、弁護士会が選んだ医療紛争に詳しい弁護士らが話し合いを仲裁する「医療ADR(裁判以外の紛争解決)」の仕組みもある。民事裁判より短時間で決着し、費用も抑えられることが多い。

日本弁護士連合会によると、医療ADRで13年度に全国で68件を解決、170件を受理した。ただ医療紛争に特化した枠組みがあるのは全弁護士会の2割にとどまっている。解決した件数の内訳も愛知県(16件)第二東京(12件)東京(8件)の3弁護士会で半数超を占め、地域によって差があるのが実情だ。

(小川知世)

[日本経済新聞朝刊2015年7月26日付]

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