野火
極限状態あぶり出す
子育てする若い母親の強迫観念に駆られた姿を描いた「KOTOKO」に続く塚本晋也監督の新作。大岡昇平の戦争文学の映画化である。若い頃に原作を読んで衝撃を受けて以来、映画化を望んできたが、昨今の社会状況への危機感もあって製作に踏み切ったという。
第2次大戦末期のフィリピンのレイテ島。肺を病んだ田村一等兵(塚本晋也)は野戦病院行きを命じられる。だが、軍医は原隊復帰を指示し、田村は原隊と野戦病院の往復を繰り返す。その途中で安田(リリー・フランキー)と伍長(中村達也)と知り合うが、空爆に遭い、田村は1人でジャングルを逃げ惑う。
映画はジャングルを舞台に田村の逃避行を描いていくが、それは戦争下における人間の極限状態をあぶり出す。田村は食料欲しさに塩を奪った上に住民を殺(あや)めて逃げ、また途中で出会った敗残兵は空爆や飢餓や病気で次々と倒れていく。南方戦線での日本軍の過酷なサバイバルの戦いこそが映画のテーマといえる。
その象徴が後半である。田村は安田と伍長の2人と再び出会って合流するが、2人は「猿」と称して同胞の人肉を食べていた。やがて伍長は田村を襲うが、安田が伍長を撃ち殺してその肉を食べる。そんな安田の姿を見た田村は彼に銃を向けるが……。
戦場における悲惨さとは銃弾が行き交う前線もさることながら、飢餓や病気による死に尽きるのではないか。中でも飢えは本能的な欲望を満たすために人間性を狂わせる。南方戦線での地獄のような過酷な現実はしばしば聞くところだが、本作はそんな狂気に満ちた戦争の実態を凝縮して描き出して心に響く。
塚本監督のいつもの揺れ動く映像は抑えられているが、フィリピンや沖縄のロケ撮影による風景や暑さが効いていて、1つの世界に巧(うま)く仕立て上げている。1時間27分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2015年7月24日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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