トイレのピエタ
生の実感、みずみずしく
用意された生き方を選ぶのはイヤだ。自分なりの生き方をつかみたい。そうやってもがいているうちに、周囲に取り残された。そんな青年が、ついにつかんだ生の実感を描き出す。これが初の長編劇映画となる新鋭・松永大司監督のみずみずしい青春映画である。
窓ふきのバイトで独り暮らす宏(野田洋次郎)は三十路も近い。才能を認めてくれた美大時代の元恋人は世評を得ているのに、今は絵を見る気にもなれない。
そんな時、がんを宣告される。治療しなければ余命3カ月。死ぬ実感も、生きる実感もない。薬の副作用に苦しみ、一度は病院を脱走するが、居場所はない。
病院で偶然に出会った真衣(杉咲花)は奔放な女子高生だ。「今から一緒に死んじゃおうか。生きてるより死んだほうが楽じゃん」。家庭の事情と周囲との違和感を抱える真衣は、病人にも生の感情をぶつける。
同室の厚かましく女好きの中年営業マン・横田(リリー・フランキー)。遊び相手になった小児病棟の拓人(澤田陸)。新しい世界を垣間見ながら、宏は最後の夏の生き方を模索する。
いわゆる難病ものだが、語り口はドライだ。例えば個展を開く元恋人とのすれ違いや、塗り絵を巡る拓人との交流。それぞれの人物の不寛容が鮮やかに浮かびあがり、無口な主人公の心の揺れが繊細に伝わる。
真衣が宏を連れて夜のプールに忍び込み、大量の金魚を放して、共に泳ぐシーンの圧倒的な開放感。全力で走り、全力で自転車をこぐシーンの高揚感。生身の肉体がずぶぬれになり、息を切らすことで、初めて現れる生の輝きだ。1ショット1ショットが生々しく、画面に力がみなぎる。
ビルの屋上から下を向いてつばをはいた宏が、アパートのトイレで天井を向いて聖母子像を描くまでの物語だ。身ぶりで語り切ろうとする松永監督の意志がまぶしい。2時間。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2015年6月5日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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