医薬品・医療機器 開発担う医師、大学で育成 企業などで即戦力に

医薬品や医療機器の開発を担う医師を養成する動きが大学医学部で目立ってきた。iPS細胞の開発など基礎研究では世界をリードするが、実用化に後れをとっているとされる日本の医療界をレベルアップするのが目的だ。医療機関ではなく、企業などで働くことを想定している。

「がん細胞に効く化合物を見つけても、すぐに製品化できるわけではないのです」。昨年12月、千葉大医学部で、製薬会社の研究者が抗がん剤の開発の実情を学生に説明していた。

医学部では薬の投与の仕方は勉強するが、薬ができるまでを学ぶ機会はほとんどない。身を乗り出して説明に耳を傾けた学生からは、「薬ができるまでにこんな苦労があるなんて」と驚きの声があがった。

「イノベーション医学」と題したこの授業は医学部の3年生の必修科目。この日の授業には同学部約120人に加え、理学部や農学部出身の大学院生や留学生の姿もあった。

千葉大医学部は2014年、学生の視野を広くすることや、コミュニケーション能力を向上させるのが目的で新たなカリキュラムを導入した。この講義もその一つ。他学部や留学生も出席できるようにし、知識を覚えるだけでなくディベートなども取り入れている。

カリキュラムを整備した中山俊憲医学部長の狙いは、製薬会社や光学系メーカーと連携して医薬品などを開発できる人材を育てることだ。米国の製薬企業へのインターンも企画しており、「年間10人程度は医師免許を持って、製薬会社などに就職してもらいたい」と意気込む。

臨床経験を持つ医師は、製薬企業側にとっても喉から手が出るほど欲しい人材だ。現在、日本で製薬企業で働く医師は200人程度とみられる。医薬品の開発が細分化・高度化し、医療現場への説明などでも医師ならではの知識や経験が必要になっている。社員として雇用した場合、報酬面での課題などはあるが、企業内での活躍の場は広がっているとみられる。

鳥取大医学部が目指すのは「発明家」の育成だ。次世代高度医療推進センター長で、自身も新型の大腸内視鏡の開発を進める植木賢教授は「発明により、医療現場で困っていることを解決する楽しさを伝えたい」という。昨年10月、大学院の博士課程に「革新的未来医療創造コース」を開講。特許を取得したら単位を認定する仕組みを取り入れた。

講義もユニークだ。「発明のコツ」を体系化した古典を題材に、発想法を学ぶところから始まる。実例をもとに特許申請書を作成する模擬トレーニングも取り入れ、実践的な知識を身につける。医学部の授業とは思えないような内容だ。

第1期の受講者は5人。藤井太平さん(32)は「全く新しい医学を考えるのは面白そうだと思った」と同コースを選んだ理由を話す。現在は耳鼻咽喉科医としての臨床経験を生かして、顔面の骨の骨折治療に3次元(3D)プリンターで作成した素材を利用する研究を進めている。

実際の事業とも結びつき始めている。ロボットベンチャーのテムザック(福岡県宗像市)は、植木教授らとともに、ベッドから簡単に移動できる車いすや歩行支援ロボットの開発に取り組む。昨年には医療・介護ロボットを手掛ける子会社、テムザック技術研究所を設立し、開発拠点を鳥取大学病院近くに設けた。同社の檜山康明社長は「事業化を目指す熱意が突出しており、共同研究でも議論しやすい」と評価する。

金沢大で開発機器の実験をする米田特任准教授(右)とメディカル・イノベーションコースで学ぶ米谷さん

金沢大は大学院博士課程に、医薬品や医療機器開発の実務に必要な知識を伝えるメディカル・イノベーションコースを新設した。知的財産から、製薬会社社員によるマーケティング論、薬事の規制まで学ぶ対象は広い。内科や外科などの教室に所属しながら、コースで独自に設定した10単位も取得する。

「実用化のためには基礎研究とは別のノウハウがあるが、医学部では教えてこなかった。教えられる人もいなかった」と医薬保健学域・研究域長を務める井関尚一教授。コースのプログラムマネジメントを手掛ける、米田隆特任准教授も「日本は欧米に比べ規制に対する認識が遅れている」と話す。規制を知らないことで機器の開発が遅れる面もあるという。

第1期生として同コースを選択した米谷光弘さん(31)は将来、企業で働くと決めているわけではないが、「学んだことは臨床現場での説明などにもプラスになる」と言い切る。

◇            ◇

国内、基礎研究に偏り 官民挙げ実用化支援

日本から世界の主要学術誌に掲載された医学分野の基礎研究の論文数は高い水準にある。一方で研究が基礎研究に偏り、実用化が遅れていることが以前から問題視されている。政府もこうした事態を重くみて、てこ入れを進めている。

文部科学省は2013年度から「未来医療研究人材養成拠点形成事業」として、全国10大学で基礎研究のシーズ(種)を実用化する人材を育てる教育プログラムの支援を開始した。千葉大、鳥取大、金沢大はプログラムで選ばれた。文科省は各大学での試みをモデルケースとして、全国に広げたい考えだ。

4月には基礎研究から実用化まで切れ目なく支援する組織として、日本医療研究開発機構(AMED)も設立された。300人以上のスタッフが所属し、大学などの研究成果の実用化を目指す。末松誠理事長は「医療分野の研究や開発の速度を最大化するため、あらゆる努力をしたい」と話す。

(山崎大作、新田裕一、山崎純)

[日本経済新聞夕刊2015年5月14日付]

ウェルエイジング 健康で豊かな人生のヒント