歴史に「もし」はないが、東京五輪・パラリンピックで多くの外国人が観客として来日し、日本人と交流していたら――。彼らの目にブラック校則はどう映っただろう。

校則がどうあるべきかは、本来はシンプルでいいと思う。学びを妨げることを、禁ずればいい。私は中学高校時代、東京のアメリカンスクールに通った。そこでは遅刻や麻薬使用を禁ずる最低限のルールしかなかった。それでも中高生としての学びに問題はなかった。

そもそもルールは何のためにあるのか。私は社会を豊かにするための潤滑油のようなものだと考えている。100年前に比べ、多様な生き方が尊重されているのは、ルールの絶え間ない見直しがあったからだ。女性の参政権や性的少数者の結婚合法化の広がりは、それまでの法律を疑うことなくしてありえなかった。

ルールは時代と照らし合わせ、アップデートする作業が必要だ。保護者のみなさんも学校のルールが時代や社会からずれていないか見直し、子どもと一緒に学校とコミュニケーションを取ったり、素直な疑問を発信してみたりしてほしい。それはSNS時代に大きなうねりとなるはずだ。

スプツニ子!
アーティスト、東京芸術大学デザイン科准教授。インペリアル・カレッジ・ロンドン数学科、情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程修了。RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映した映像インスタレーション作品を制作。2013年マサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ 助教に就任。その後、東京大学生産技術研究所特任准教授を経て、19年から現職。

[日本経済新聞朝刊2021年8月9日付]