生え抜き女性役員5人 取締役へのキャリアの軌跡

2021/7/19

株主総会のピークを過ぎ、今年も複数の企業で女性役員が誕生した。女性活躍を追い風にここ数年増えつつあるが、内部登用で取締役に就く女性はまだわずかだ。今回昇格した生え抜き女性取締役は、どんなキャリアをたどってきたのか。経済界などが、2030年までに役員に占める女性比率30%の目標をかかげるなか、女性役員を増やすためのヒントを探る。

取引先と信頼関係築き「うちの担当に」

営業担当、支店長、常務執行役員……。あいおいニッセイ同和損害保険の一柳若菜さん(59)のキャリアは「女性初」づくしだ。そして今年、同社初の女性の社内取締役に就いた。「私もできたのだから、みんなもできる。後輩にそう言い続けてます」と話す。

1982年に大東京火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損保)に一般職として入社した。総合職は男性のみ。女性は事務を担当し、結婚退職するのが当時の常識で「私もそのつもりだった」

転機は入社4年目。法人営業を担当する企業保険部に異動した。内勤事務だったが、次第に手続きなどについて取引先が一柳さんに直接問い合わせてくるように。信頼関係を築くと「うちの営業担当になってくれないか?」と請われた。前例がなく、恐る恐る上司に相談すると「やってみては」とあっさり承諾。女性初の営業担当になった。86年に男女雇用機会均等法が施行され、風向きが変わっていた。

責任は重くなったが仕事が楽しくなり、34歳で結婚したときには寿退社の夢を忘れていた。男性同期が入社5年前後で就く主任にたどり着くまで9年を要した。「将来を嘱望されていたわけでもなく、泥臭い現場たたき上げタイプ」と一柳さんは自身のキャリアを評する。

自ら手を挙げ、新領域との出合いたぐりよせる

チャンスは待っていても訪れるとは限らない。ときには自ら積極果敢に動くことがキャリアアップに通じる。

三井住友銀行の取締役工藤禎子さん(57)は87年に住友銀行(当時)に入社した。女性総合職1期生だ。「ずっと働くために何かのプロになりたい」。3年目に希望して支店勤務から国際業務部に異動した。そこでのプロジェクトファイナンスとの出合いがすべての原点だ。企業ではなく、事業単位で融資する。欧米の金融機関では一般的な業務だったが、日本の金融機関は当時手を付けていなかった。

サウジアラビアの石油化学コンビナートなど世界各国の巨大プロジェクトに携わった。膨大な資料を読み込み、泥まみれになりながら現地を視察し、リスクを見過ごさず、契約書にまとめる。専門知識と交渉能力が求められる。新領域ゆえに社内で常に先頭を走ってきた。「(職位が上がれば)判断と責任の重さは増すがチームで成し遂げたときの達成感は大きい」と話す。

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畑違いの分野への挑戦でキャリアアップ