「食べたい」に寄り添う嚥下食 調理家電で見た目よく
病気や加齢とともに、食べ物をうまく飲み込むことができなくなる嚥下(えんげ)障害。食べにくくなると食欲も減り、低栄養状態を引き起こしかねない。家庭でも取り入れられる嚥下食を開発し、普及しようという機運が盛り上がる。「食べたい人に寄り添いたい」と介護の現場の声を受けた調理家電も誕生した。
山形県鶴岡市の宿泊施設「うしお荘」は5月から嚥下食のにぎりずしや豚の角煮などを昼食で提供している。すしのしゃりはかゆと同じぐらいの柔らかさにし、ゼラチン状の凝固剤で形を整える。ネタの白身魚は包丁で切れ目を入れてたたき、飲み込みやすくした。
地元の90歳の男性は「好物のすしが食べられる」と注文。舌がんで障害を患った60代の男性は夫婦で6月の予約をした。退院後、初めての外出だという。
うしお荘の延味克士支配人は市内の高齢者施設で2月、料理人仲間や医療・介護関係者らと嚥下食の試食会を開催。好評の3品を昼のメニューに取り入れた。介護食や嚥下食と言えば刻んだり、すりつぶしたりして食材が何か分からないものも多いが、見た目にもこだわった。
高齢化を背景に地域全体で嚥下食の啓発を目指す動きが相次ぐ。長崎市では摂食嚥下障害の専門家らが立ち上げた「ゆめカステラプロジェクト」の一環で、2020年秋に嚥下食のデザートコンテストを開いた。スポンジ部分にゼラチンや牛乳を使い、飲み込みやすくしたケーキなど9作品のレシピを公開中だ。
「おうちでできる嚥下食」として個人の取り組みをSNS(交流サイト)で発信する人もいる。大阪府守口市の江端左恵子さん(54)は嚥下障害のある父の重夫さん(82)のため管理栄養士の指導のもと母とレシピ作りを進めている。
オムライスやしょうが焼き、エビチリ。ゼラチン状の凝固剤で形を整えた自慢の献立は「ペーストではなく見た目が普通の手料理を食べたい」との父の願いに応えた。普通に炊いたご飯(200グラム)と400ccの水、専用凝固剤(6グラム)をミキサーにかけて作る。かゆよりベタつかず冷蔵保存も利く。「頑張りすぎない」「栄養補助食品に頼る」「調理器具をそろえる」を15年の在宅介護で学んだ。
見た目もおいしそうな嚥下食づくりのための調理家電も登場した。新興企業のギフモ(京都市)が20年夏に発売した「デリソフター」。圧力鍋の原理で本体に食材を入れると、野菜は15分、肉類なら30分ほどで舌や歯茎でつぶせるほど柔らかくなる。冷凍食品にも対応、唐揚げや煮魚も見た目そのままに仕上がる。数百台を完売し、増産中だ。
医療・介護向け業務用ミキサーの旭(大阪市)は、持ち運びできる充電式の小型ミキサーを6月中旬に発売する。これらの家電は4万円台で企業の電子商取引(EC)サイトやインターネット販売で予約・購入できる。江端さんは「ミキサーは商業施設のフードコートにも持参できそう。介護を受ける人が外食を楽しむ一歩に」と期待する。
手作りのほか、既製品や栄養補助食品の活用も一手だ。介護食や高齢者食など調理品の市場規模は19年度に前年度比1.5%増の1兆4400億円。栄養補助食品メーカーのニュートリー(三重県四日市市)は今夏、自社ホームページ(HP)を改訂し、低栄養に関する内容を充実させる。
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栄養ケアの地域拠点も
2019年度の厚生労働省の調査では「低栄養傾向」の65歳以上の高齢者は、男性が1割超で女性は2割強。かんだり飲み込んだりする力が衰えると、摂取エネルギーや栄養が不足する。筋肉量も低下し動きにくくなり、さらに足腰が弱るという負のスパイラルに陥りやすく、入院・死亡リスクも高まる。
「認定栄養ケア・ステーション ちょぼ」(静岡県浜松市)の管理栄養士の桑原理江さんによると、栄養状態が悪化していることに気がつかない高齢者は大勢いる。同ステーションは日本栄養士会認定の地域密着型拠点で20年度は月間平均で約30件の栄養指導などを実施。訪問看護師らと地域で在宅支援に取り組むチーム作りを目指している。同様の動きは各地で広がりつつある。全国360カ所の栄養ケア・ステーションは日本栄養士会のホームページなどで調べられる。
(山本啓一)
[日本経済新聞夕刊2021年6月2日付]
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