デジタル技術で文化財体験 通信大手が開くアートの扉
通信企業大手がアート分野の開拓に挑んでいる。デジタル技術を駆使した鑑賞方法の提供のほか、AR(拡張現実)を使った体験など、新たな楽しみ方が広がっている。
坂道を行く人々が急な風雨に遭う様子を描いた歌川広重の「東海道五十三次庄野 白雨」の浮世絵に映像が重なる。画面には激しい雨が降り注ぎ、稲光が光り、木々はざわめく。東京都新宿区のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催中の「Digital×北斎【破章】 北斎VS廣重」(不定期)では、デジタル技術を使った鑑賞体験ができる。
忠実に再現
NTT東日本は2020年12月、文化財をデジタル化して配信する新会社NTT ArtTechnology(アートテクノロジー)を設立した。アート分野に力を入れる方針で、同社の国枝学社長は「インタラクティブな仕掛けで関心を持つ層の裾野を広げたい」と話す。同展覧会はそのための一手だ。
展示品はレプリカだが、20億画素の超高精細デジタル記録と3次元の画像処理で和紙の繊維の1本1本まで忠実に再現されている。劣化しやすい本物ではできない展示が可能で、細部を拡大して鑑賞することもできる。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の絵の中の世界をアニメーションで体感する3Dダイブシアターなど趣向を凝らす。
デジタル化にあたっては、作品の所蔵館の協力を得た。展覧会では大阪浮世絵美術館所蔵の広重「東海道五十三次」(全53点)、山梨県立博物館の葛飾北斎「冨嶽三十六景」(全47点)や仏オルセー美術館のモネ「日傘の女」など洋画も並ぶ。目の錯覚を利用して再現し、油絵の具の筆致は立体的に見える。「スキャニングや合成に数週間かけ、学芸員が認めたレベルの質のものをマスターレプリカにしている」(国枝社長)という。
同社ではデジタル化した作品を活用する「分散型ミュージアム構想」も進める。作品をオンラインで各所に設置したモニターに配信し、様々な場所を"美術館"にする試みだ。すでに病院の待合室や老人ホーム、空港に配信をしている。国枝社長は「コロナ禍で、現地に行って鑑賞することが難しくなっている。地域の文化財を配信し、それを見た人が、いつか本物を見に行くという循環をつくりたい」と話す。
KDDIもアートとデジタルの融合に取り組む。高速通信規格「5G」やARなどを使い、文化芸術体験のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する「augART(オーグアート)」を展開する。その一つとして、スマートフォン(スマホ)を使い、現代アートを楽しめるアプリ「AR×ART(エーアールアート)」をリリースした。
カメラ機能を使うと、現実世界にアート作品が立体的に映し出される仕組みで、第1弾として、彫刻家の名和晃平氏が参加した。名和氏の作品「White Deer」などをARで表示し、サイズや向き、陰影の濃さなどを好みに合わせ調整することができる。
アプリで収集も
コレクションをする楽しみもある。全国各地の特定の場所でアプリを使えば、限定のAR作品を手に入れられる。同社の5G・xRサービス戦略部の繁田光平部長は「日本全体をインスタレーション化したり、旅で作品を感じ取ってもらえたりするような奥行きのあるプロジェクトになる」と話す。
名和氏の代表的シリーズ「PixCell」のAR化も進める。同作は彫刻の表面をビーズで覆い、物体を見る行為自体を鑑賞者に問いかけるコンセプトだ。アプリでは、スマホをかざすと様々な物体に疑似的にビーズを付けられるようになる。
名和氏は「『PixCell』は美大に通っていたころ、様々なものが情報化していくことを彫刻で表現しようと考えたもの。今は彫刻の方法論がそのままデジタルの中で実現することが感慨深い」と話す。デジタル技術の進化は表現の可能性も広げていく。
(赤塚佳彦)
[日本経済新聞夕刊2021年3月15日付]
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