被災地に多様性や変化を 震災10年、女性が担う復興
2011年3月11日の東日本大震災からまもなく10年がたつ。復興を担い、地域を活性化させようと模索するリーダーのなかには女性もいる。被災地に多様な視点を持ち込み、暮らしやすい社会づくりの一端を担おうとしている。
パソナ東北創生(岩手県釜石市)社長の戸塚絵梨子さんが初めて被災地とかかわったのは11年5月だった。パソナの若手社員時代、ボランティアとして現地に向かった。がれきが続く道をバスに揺られながら「一回きりにしてはだめだ」と決意。翌年1年間休職し、釜石でボランティア派遣の団体を手伝った。
がれき撤去が進むうちに、被災地を支えるには経済活性化が不可欠だと痛感するようになった。「それには産業を支える人材が必要」。社内ベンチャー制度で会社を設立すると、三陸沿岸部で地域課題を学ぶ研修事業のほか、「複業」マッチングなどを始めた。首都圏などの企業や人材を被災地と結びつける狙いだ。
都市に住みながら特定の地域とつながる「関係人口」の創出が復興支援のひとつのカギだと考えている。外から新しいアイデアや能力を持ち込めれば、地域に刺激になる。被災地に移住する可能性がある人を増やすことにもなる。パソナ東北創生が仲介した若手インターンを地元企業が採用するなど、新たに根付く人材も出てきた。
新型コロナウイルス禍で仕事のオンライン化が進む。仕事と休暇を組み合わせるワーケーションのプログラムなども検討する。今後も地域外とのネットワークの強みを生かし、ビジネスとして復興支援を続けるつもりだ。
災害のような危機時こそ、旧来の仕事のやり方を変えるチャンスも出てくる。「それは二度手間ではないでしょうか」。翻訳業務や事務委託を手掛けるクリフ(福島市)の社長、石山純恵さんは福島第1原発事故の発生後、対応に追われていた県から国際会議の翻訳を受注した。
県職員は同社の日本語訳などと照らし合わせて議事録をまとめていた。疑問に思った石山さんは議事録作成までまとめて請け負う提案をし、職員が原発対応に専念できるようにした。「女性の関わりが薄かった行政や地域に女性が参画すると、男性が疑問に思ってこなかった気づきを提案できる」と石山さんは話す。
女性リーダーが増えることにはメリットが多い。福島県商工会議所女性会連合会の元会長、和合アヤ子さんは「緊急時に女性のニーズを反映した支援が届きやすい」とみる。生理や妊娠など女性でないと実感しにくいテーマもある。震災時には福島にも全国の商議所女性会からおむつや生理用品などの支援物資が届いた。
コロナ禍で非正規女性の雇用が男性より打撃を受けたように、非常時は男女で受ける影響に違いが出る。東日本大震災でも避難生活で報酬が出ない炊き出しなどの負担が集中したり、性被害が多発したり、女性に困難な状況が生じた。授乳や着替えなどプライバシーの問題も追いやられた。
静岡大学の池田恵子教授は「自然災害は声をあげにくい弱者にしわ寄せが行きやすい。日ごろから町づくりで女性リーダーや若年層に耳を傾けて多様な視点を取り込み、防災や復興につなげるべきだ」と話す。
国も東日本大震災などで女性に起きた困難な状況を課題とみている。21年4月から始まる第5次男女共同参画基本計画でも「大規模災害の発生は女性や子供、脆弱な状況にある人々がより多くの影響を受ける」としたうえで「平常時からあらゆる施策の中に男女共同参画の視点を含めることが重要だ」と指摘している。
脆弱な立場にある人が広く社会と接点を持つことも重要だ。使い古した布などを細かく裂いて織り直す「裂き織」製造、幸呼来(さっこら)Japan(盛岡市)社長の石頭悦さんは障害者を雇用し、江戸時代から東北に伝わる裂き織の伝承に取り組む。
当初は盛岡限定の土産品だったが、17年にアシックスジャパン(東京・江東)とスニーカーを共同開発するなど新境地を開いた。20年には独自ブランドを立ち上げ、バッグなどの全国展開にも乗り出した。
障害者19人のほか正社員4人、パート2人を抱え、従業員の8割近くが女性だ。石頭さんは自分1人ではできないことでも様々な人が集まることによって形にできる、と考えている。「多様な人々が地域づくりに参加すれば住みやすい地域になり、にぎわいも戻ってくる」
東日本大震災以降も熊本地震や西日本豪雨など激甚災害が相次いだ。いつもの暮らしやビジネスに多様な視点を持ち込めば、大規模災害が発生したときに取り残される人が少なくなる。被災地だけでなく、全国各地で発言力のある女性リーダーの育成を急ぐ必要がある。
この10年で多様性の尊重が社会を強くするという理解は深まった。防災・復興でもその重要性は変わらない。第5次男女共同参画基本計画では「南海トラフ地震などの発生が想定されるなか、男女共同参画の視点からの防災・復興の取り組みが十分に浸透したとはいいがたい」とする。いま一度社会づくりを見直したい。
(田中早紀、西村正巳)
[日本経済新聞朝刊2021年3月8日付]
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