エヴァンゲリオン、25年目の完結 現代の分断社会予見

テレビアニメの再放送や長く続いた劇場版などで幅広い世代のファンを持つエヴァンゲリオン
テレビアニメの再放送や長く続いた劇場版などで幅広い世代のファンを持つエヴァンゲリオン

今年公開される劇場版で人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が完結する。なぜエヴァが日本アニメを代表する作品になったのか。国際日本文化研究センターの大塚英志教授に聞いた。

エヴァの舞台は当時近未来だった2015年の第3新東京市。主人公の碇シンジがヒロインのレイ、アスカらとヒト型巨大兵器エヴァンゲリオンに乗り、未知の生物・使徒を迎え撃つ。

戦いを通じ、少年少女の成長を描くSFアニメの王道だが、シンジの父ゲンドウらが進める「人類補完計画」が全編を貫く主題になっている。全人類や使徒が一つに融合し、単一生命体になって永遠の安らぎを得るという謎に満ちた発想だ。テレビアニメの初回放送は1995~96年。それから25年たった。長年サブカルチャーを研究してきた大塚氏は「近代の小説がずっとテーマにしてきた自己と他者みたいなことを正面から扱ったのが面白かった」と振り返る。

「自分と他人の境界が溶け合う世界を求めるのは、今では驚きはない。皆がインターネットで結ばれ、SNSで内面を露呈しながら匿名でまったりつながっている。そういう世界を人類補完計画で作ろうとして、主人公たちは飲み込まれつつも、一生懸命抵抗する」

「シンジは最終的に世界が滅んでも他人と溶け合うことを拒絶した。他者がずっといる世界を選択するという見せ方があのとき必要だったし、今も必要だと思う」。大塚氏はそう説く。

他者の消去問う

「自己と他者の関係を正面から扱った作品」と語る大塚教授

大塚氏は、庵野秀明監督が作品で問うたのは「他者の消去」だと指摘する。それは今の社会でより鮮明になってきた課題だ。「自分が理解できない他人がいて、その他人と折り合いをつけ社会や世界を作っていくのが近代社会だった。今はそれを排除する『分断』に陥っている」という。

「理解できない思想を持つ人間にレッテルを貼り、『反日』などと決めつけ、いなくなってしまえと考える。意図がよく分からないが日本を襲ってくる使徒はまさに不条理な他者で、人類補完計画はそれを取り込み、自他の障壁を消そうとする。だが、作品では他者がいない世界は間違っていると結論を示した」

他者を排除しようとする思想はSNSの普及とともに世界的に広がっている。「分断といいながら、他方の殲滅(せんめつ)を考える。米大統領選のバイデンもトランプも皆がおのおのの自己補完を考えていた。好きなニュースを見て、嫌なニュースは見ない。そうなってしまう未来を25年前に正確に、批判的に描いたところがエヴァの価値だといえる」と大塚氏は力を込める。

シンジは劇場版でも他者との融合を拒み、アスカとともに世界に残される。「近代社会では互いに話し合い、合意しながら社会を形成するが、一方で『おまえなんか消えてしまえ』という心もある。だからアスカは『気持ち悪い』と他者としてシンジを拒絶した。そうやって個を生きるしかない。それが近代社会だから」と大塚氏は訴える。

不安定さ広がる

世界の命運を託されたシンジやアスカらは14歳という設定だった。大塚氏は「放送からしばらくして神戸連続児童殺傷事件などが起きる時代で、あのころの10代はひどく不安定だった。庵野監督はそうした10代のピリピリした心に意識的に反応したから、彼らの心に響いたのだろう。今は当時の10代が抱えていた不安定さがもっと幅広い世代や、世の中全体に及んでしまったのではないか」とみる。

「10代というのは世界に対峙しなければいけないと思いつつも、世界に対して恐怖する。そうした矛盾した状況に置かれている大人が増えているのでは」

庵野監督のパーソナルな感性に基づいて制作された作品だからこそ、逆に普遍性を持ち得た、とも分析する。大塚氏は「作品自体が監督の自己治癒だったのではと思う。病んでいたといえば失礼になるが、庵野監督が治癒していく過程にこそ、あの頃の14歳が感じていたイライラの正体があったのではないか。それ故に25年がたった時に、先駆性を持った批評になり得た」と話す。

(篠原皐佑)

[日本経済新聞夕刊2021年1月18日付]

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