「自分に不都合なこと書く」 朝井リョウ10周年記念作

平成生まれで初めて直木賞を受賞した朝井リョウ(31)が、作家生活10周年記念作の第1弾となる長編「スター」を出版した。「今の自分に不都合なことを書く方がしっくりくる」と話す。

SNS(交流サイト)などの普及で誰もが情報の発信者となれる現在、様々な分野でプロフェッショナルとアマチュアの境は曖昧になっている。朝井にとって初の新聞連載小説である「スター」(朝日新聞出版)は、そうした状況下にあって、芸術作品の質や価値はどう決まるのか、そのせめぎあいを描いた。

「平成生まれ初の直木賞作家」という肩書がついて回る。「存在を知ってもらう意味では得をしてきたと思います」

最初に考えたのは古いしきたりを打破した人々が成功する物語だった。「そのほうが今っぽいしカタルシスのある物語になると予想していました。でもプロットをつくりながら見えてきたのは、新旧どちらの立場にもある良い面と悪い面。一方が一方を蹴散らす構図ではなく、ページをめくるたび読者が新旧どちらの立場も行き来するような感覚になれるよう、構想を練り直しました」

大学時代に共同監督した作品で、新人の登竜門といわれる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘が主人公だ。卒業後、憧れる名監督に弟子入りした尚吾に対して、紘はボクシングジムに雇われる形でネットの動画サイトでの発信を始める。紘の動画が人気を集める一方で、師匠に脚本が認めてもらえない尚吾は焦りを覚える。

過去にこだわる

「紘は新しい環境に抵抗なく入り込めるタイプ。実際、今の20代前半は仲間同士でクルーを組み様々な表現ジャンルに挑んでいる人も多く、その軽やかな越境性を新鮮に感じます」。その上で「歴史や伝統を重んじる尚吾は、紘によって追い詰められる。“直木賞”という過去の評価にしがみついている私はこちらでしょう。尚吾がつらい場面ほど筆が走ります」と話す。自らが危うい地点に立つことが執筆意欲の高まりにつながると改めて感じた。

朝井が「桐島、部活やめるってよ」でデビューしたのは2009年、まだ早稲田大学の学生のときだ。13年、23歳で「何者」で直木賞を受賞する。「平成生まれ初の直木賞作家」という肩書が作品の評価に影響を与えてきたことも実感しており、それは小説と映像の違いこそあれ、今作でも生きた。

「存在を知っていただくという意味で、私はだいぶ得をしてきたと思います」。半面「年齢などの情報なしで読んでもらいたい気持ちも強い。同時に、文芸書を手に取る人が本当に少ない今、肩書でも何でも利用して存在を知ってもらうべきでは、受け手が多くいる場所に進出すべきではという迷いもある。でも作者自身の情報は読書の邪魔になるし……悩み続けています」とも打ち明ける。

長期的な視点で

デビューからの10年間は「短距離走を続けてきた感覚」という。「でも、本の世界は長期的な視点で動いているんですよね。子供のころに読んで理解できなかった文章が、大人になって大切な言葉になることがたくさんある世界」。だからこそ「いま世の中で求められているものに合わせるのではなく、自分なりに必要だと信じることを書いていきたい」と述べる。

近年は「死なずに生きること」がテーマだ

近年のテーマは「死なないで生きていくにはどうすればよいか」。近作の短編集「どうしても生きてる」、長編「死にがいを求めて生きているの」は、タイトルそのものにテーマが示されている。「『スター』でも人間が強く信じていたものが崩れたとき、どう歩み直せるのかを考えました」

10周年記念出版は2冊予定しており、「スター」は読後感の良さを意識した「白版」の位置づけという。「黒版」は来春刊行予定の書き下ろし長編「正欲」(新潮社)。「20代前半で構想したが、ある出版社の編集者にはまだ早いと止められました。『スター』とは全く雰囲気の違うものになります」と予告する。

(編集委員 中野稔)

[日本経済新聞夕刊2020年12月28日付]

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