男と女や権力の争い今に 「伊勢物語」女性作家の視線

「伊勢物語」をモチーフとした小説などが相次ぎ刊行されている
「伊勢物語」をモチーフとした小説などが相次ぎ刊行されている

在原業平がモデルとされる平安期の歌物語「伊勢物語」に、現代の女性作家たちが注目している。モチーフにした小説や現代語訳を通じて、男女関係や権力闘争を今によみがえらせている。

川上弘美(中央公論新社提供)

「以前はなぜ業平があれほど女性にもてるのか、ピンとこなかった。それは平安期と現代では男女関係が大きく変わったことが影響しているのではないか、と考えるようになりました」

伊勢物語の世界をモチーフとした長編小説「三度目の恋」(中央公論新社)を9月に出した川上弘美はそう話す。主人公の梨子(りこ)は憧れていた「ナーちゃん」こと原田生矢(なるや)と結婚するが、次第に多情な生矢に悩まされる。小学校時代に出会った不思議な男性、高丘さんに教えてもらった「魔法」により、梨子は夢の中でまず江戸期の遊女、続いて平安期の女房として生きる。

川上は池澤夏樹個人編集の「日本文学全集」(河出書房新社)第3巻で伊勢物語を現代語訳し、2016年に刊行された。その後、国文学研究資料館のプロジェクト「ないじぇる芸術共創ラボ」で、古典籍から発想を得た作品をつくることに。その結果、生まれたのが「三度目の恋」だった。

悲運に心寄せる

「江戸期をはさんだのは、当時伊勢物語がロングセラーだとうかがったから。現代と平安期をつなげる上でも弾みがつくと考えました」。平安期の貴族が忙しい日々を送っていたことも知った。「業平は単なるモテモテの男ではないと分かりました」と述べ、彼が持つ人間力を感じた。

服部真澄

国際謀略小説「鷲(わし)の驕(おご)り」などで知られる服部真澄は4月、「令和版 全訳小説 伊勢物語」とその解説書「千年の眠りを醒(さ)ます『伊勢物語』」(ともに講談社)を出版した。「物語が生まれた時代に立ち返って、書かれた意味を考え直した。全125段のうち、第14段では新しい解釈を打ち出しました」と、挑戦的な作品となった。

例えば、第2段で主人公の「男」が訪ねる「西の京の女」は時の権力者、藤原北家の令嬢で、文徳天皇の女御となる多賀幾子と推測した。「近年の発掘調査で、西の京に当たる京都市中京区に、多賀幾子の父、藤原良相(よしみ)の屋敷があったことが分かった。第77段で突然、多賀幾子の法事の場面が登場しますが、彼女が業平の初恋の人だと考えれば合点がいきます」。業平の恋の相手は藤原北家出身で清和天皇の女御となる高子が想定されるが、その前に多賀幾子がいたという大胆な読みだ。

業平が多くの女性に愛された理由には不遇な身の上もあったとみる。「平城天皇が弟の嵯峨天皇との権力争いに敗れたことで、その孫の業平は皇族を離れた。自分ではどうしようもない悲運に、人々は心を寄せたのではないでしょうか」

「誠」尽くす人物

高樹のぶ子

恋愛小説の名手である高樹のぶ子は5月に業平の一代記、長編「小説伊勢物語 業平」(日本経済新聞出版)を刊行し、今年の泉鏡花文学賞に選ばれた。10月には小説執筆で見えてきた業平の魅力を紹介する「伊勢物語 在原業平 恋と誠」(同)も出している。

「まず心に種があり、育って葉となるのが言の葉。言葉を用いる和歌のうまさで知られ、数々の名歌が伝わる業平は、単なるプレーボーイではなく『誠』を尽くす人だったと思います」

グローバル化が進む中、日本の伝統文化も注目されるとみる。「和歌を通じて男女の関係を深めるというのは迂遠(うえん)にも思えるが、それがかえって魅力となります。人の心を打つ言葉がやりとりされるみやびな世界に、書き手も浸りたいし、読者にも浸ってほしい」

平安時代の物語の多くは女性の手になる。伊勢物語の作者は不詳だが、そうした物語の先駆けの一つだ。それが千年後の女性作家たちの関心を集める理由かもしれない。

(編集委員 中野稔)

[日本経済新聞夕刊2020年12月15日付]

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