多彩にヴィンテージ日本酒 酸味・とろみ…個性豊か
時間をかけて寝かせたヴィンテージの日本酒が注目を集めている。ワインやウイスキーでは当たり前の熟成だが、日本酒でもかつては親しまれていた。どんなお酒か。探ってみた。
まず訪ねたのは、酒蔵や小売店などからなる長期熟成酒研究会(東京・港)のアンテナショップ「熟成古酒処」。小さな店内に所狭しと、日本酒のイメージとはかけ離れた黄金色や琥珀(こはく)色のお酒が並ぶ。ヴィンテージ日本酒だ。熟成古酒などと呼ばれ、「一般的には、3年以上寝かせたものを指すことが多い」。事務局の伊藤淳さんは話す。「現在では実働している約1000の酒蔵の多くが手掛けている」そうだ。
熟成による変化の1つが色だ。「糖とアミノ酸のメイラード反応と呼ばれる化学反応によるもの」。古酒・熟成酒のオンラインショップ「いにしえ酒店」の薬師大幸さんが教えてくれた。「10年、20年と時間をかけて、熱が入っていくイメージ」だそう。必ずとは言えないが、古いほど濃い色のものが多いようだ。
もちろん、香りや味も大きく変化する。飲んでみると毎回、「本当に日本酒?」と驚かされる。ブランデーのような香りがしたり、酸味がきいていたり、とろみを感じたり。蔵や銘柄、貯蔵方法や期間などによって個性がある。一概には言い難いが「プリンのカラメルやべっ甲あめのような感じ」(薬師さん)
「新酒は新入社員で、古酒は部長」。こう話すのは、長期熟成日本酒BAR「酒茶論」(東京・銀座)を運営する上野伸弘さんだ。名刺交換の際、自分を正面からぶつけてくる若者と、奥行きがある年配者のような違いという。そう言われると、たしかに熟成酒はコクや深みを感じる。
価格は新酒よりも高いがまちまち。印象としては、古いものに高価なものが多い。
そんな熟成酒が「最近、ホテルのレストランやバーなどで、相次いで導入されている」。全国の酒蔵から10年以上の熟成古酒を集めたブランド「古昔の美酒」を展開する匠創生(兵庫県淡路市)社長の安村亮彦さんは話す。
16日には、一般社団法人「刻(とき)SAKE協会」も本格始動。酒蔵などが集まり、熟成酒の科学的な知見収集や情報発信を目指す。
日本酒業界は、鮮度や米の種類、香りなど、差別化に取り組んできた。「言い過ぎかもしれないが、最後のとりで。『時間』を味方につけたものに、目が向き始めた」。上野さんはこう話す。
今では珍しい熟成酒だが、かつては親しまれていた。「平安時代には古酒という言葉があった」(上野さん)。江戸時代には「3年酒」や「9年酒」などが文献に登場し、広く飲まれていたようだ。
そんな熟成の文化が消えた大きな要因とされるのが、明治時代に導入された造石(ぞうこく)税だ。造ったお酒に即時に課税され、重税だった。蔵は造った酒を、なるべく早く現金にしようと、売り切るように。
後に今のように出荷時に税金がかかる仕組みになるが、戦後は米自体も貴重で、しばらくは酒を寝かせておく余裕もなかった。
手がけるようになるのは高度成長期以降だ。「海外のワイナリーで熟成ワインを目の当たりにした蔵が造り始めた」(上野さん)ことや、1970年前後には、ビールやワインなどの消費も増え、競争は激化。「高級化に向け、吟醸酒を造る蔵が増える一方、3~5%だが、古酒を造る蔵も出てきた」(伊藤さん)
古いものでは昭和初期に醸造されたものもあるが、現存する多くが70年以降なのはそのため。よって「そろそろ50年物が登場する」(伊藤さん)のも、注目される理由だ。
長年、熟成を前提にした酒造りをする木戸泉酒造(千葉県いすみ市)を訪ねた。五代目蔵元の荘司勇人さんは「日本酒にも個性が必要と考えた祖父が、保存料に頼らずに長期貯蔵できる酒造りを開発した」と話してくれた。
酒を寝かせるには、スペースも時間も必要。「余裕のある商売ではなかった」。それでも「いつか日の目を見ると信じていた。私も続ける役目がある」と荘司さん。亡くなった祖父は、令和になり熟成酒が注目されていることなど、もちろん知らない。なんだかロマンがある。
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ワイングラスで香り楽しむ
おすすめの味わい方も聞いた。まず楽しみたいのは香り。「ナッツやカカオの香りや、スパイシーなものもある。ワイングラスで奥深い香りを味わって」。東京駅近くの熟成古酒バー「POPPINGSTAND」の店長でソムリエの松本大助さんは話す。
和食以外の料理とも相性がいい。「ワインやブランデーのように、チーズやチョコレートに合うものも多い」(松本さん)。長期熟成酒研究会の伊藤さんは「料理の色と近いものを選ぶのがコツ」という。色味が薄いものはお刺し身、濃いものは角煮といった具合だ。古酒が寝かされていた時間を感じつつ味わいたい。
(井土聡子)
[NIKKEIプラス1 2020年11月21日付]
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