佐野元春、コロナ禍の40周年 時代と走り続けた表現
シンガー・ソングライターの佐野元春(64)がデビュー40周年を迎えた。コロナ禍で軌道修正を余儀なくされたが、創作意欲は依然旺盛だ。2作のベスト盤を発表した佐野に話を聞いた。
4月9日、著作権フリーで、誰でも自由にカバーできる新曲「この道」を発表した。政府が緊急事態宣言を出した2日後だった。

リモートで新曲
ザ・コヨーテバンドのメンバー6人と佐野がそれぞれの自宅で録音し、音源を佐野が編集してすぐにユーチューブで公開した。「佐野元春とコヨーテバンドはこの曲で、コロナ禍で疲れた人たちを応援します」というメッセージを添えて。
「SNSなどを通して僕のファンじゃない人たちにも届いたと思う。僕は曲を書き、レコードにし、ライブで演奏して言葉を届けてきた。届け方は時代によって変わる。今の状況に対応したが、日常はさほど変わっていないよ」

今年は新作アルバムやライブツアーなど予定が目白押しだったが、軒並みキャンセルに。音楽界全体が危機に直面する。「ミュージシャンは『炭鉱のカナリア』であるべき、と言ってきたけれど、危機が現実になれば、雨に打たれたみすぼらしい犬でもある。それ以上でも以下でもない」
それでも行動は早かった。過去のライブ映像などを配信するオンラインイベント「SAVE IT FOR SUNNY DAY」を開催し、収益を困窮する音楽制作者の支援にあてる。「僕の音楽でもエンジニア、技術の力は重要で恩返しをする循環型のイベント」という。
ベスト盤「MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004」と「THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO&THE COYOTE BAND 2005-2020」には計80曲を収める。1年半かけ編集し、米国の著名エンジニア、テッド・ジェンセンが音質を良くするリマスターを担当した。「録音には各時代ではやりがあるから整える作業が必要。今の音として聴いてもらえる」と佐野。
ロックのリズムにいかに日本語を乗せるか。多くのミュージシャンが向き合う難題に新鮮な答えを示したのが佐野だった。一つの音符に「字余り」のごとく言葉を詰め込み、独特の疾走感を生む。1990年代からインターネットでライブを中継するなど時代の一歩先を駆けてきた。
各界にチルドレン
そのとがった姿勢が大人にいらだつ若い世代の共感を呼び、多くの「佐野チルドレン」を生んだ。作家の小川洋子、元大リーガーの野茂英雄、お笑いの松本人志や爆笑問題ら、音楽界以外にも長年のファンを公言する著名人は多い。
「やり方は変わっても姿勢は変わらない。優れた表現とは政治も経済もすっ飛ばした普遍的なもの」と説く。40周年は通過点。「重みなんて感じてない。14歳で初めて曲を書いてずっと自由にやってきた。僕の音楽に価値を与えてくれたのは聴き手のみんな。幸運だった」と屈託がない。
コヨーテバンドと録音を始めており、21年にはアルバムを発表し、ツアーも再開するつもりだ。「自分の肉体でパフォーマンスするロックンロールがやっぱり一番だね」
(多田明)
[日本経済新聞夕刊2020年10月20日付]
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