「香港製造」しょうゆ200円 米中関係に揺れる伝統味
不動産と金融の街、香港にも「メード・イン・ホンコン(香港製造)」がある。広東省深圳に近い新界地区の元朗に工場を構える冠珍醤園は1928年創業の老舗しょうゆ会社だ。香港の製造業は人件費が安い中国本土に相次いで移転したが、同社は従業員との関係を重視して香港に残った。
スーパーの店頭価格は250ミリリットル1瓶15香港ドル(約200円)。くせがないすっきりとした味わいで、中華料理に限らず、さまざまな料理や食材にあわせられる。創業4代目のダニエル・チャン氏は「飲食店のパスタやサラダ、インスタントラーメンに使われているケースもある」と話す。
実は中国本土・香港・台湾向けは1割ほどで、輸出が9割を占める。なかでも輸出の4~5割を占める米国が主力市場だ。複数のレストランチェーンを顧客に抱える。
8月、激震が走った。トランプ米政権が香港で製造された物品を米国に輸入する際、原産地を「香港」ではなく「中国」と表記するよう義務付けると発表したためだ。社会統制を強める香港国家安全維持法を受けた米国の優遇見直しの一環で、同社は急きょ「香港製造」のラベルを貼り替えた。
ダニエル氏は「船便への積み込みや輸送の日程を考えると、すぐに貼り替えるしか手がなかった」と振り返る。「香港製造」を「文化遺産のようなもの」と形容する同氏は米国向け以外の製品は「香港製造」の表記を維持すると決めた。
表記だけの問題で済むか不透明な点もある。トランプ政権が香港製品にも制裁関税を発動すれば、大きな影響がある。ダニエル氏は「米中が対立する中で国際政治はだれにもコントロールできない」と懸念する。
最大市場の米国から撤退する選択肢はなく、香港以外での新工場建設など政治リスクを避ける方策を検討中だ。
同社のしょうゆの原材料の大豆はすべてカナダ産だ。かつて中国本土から仕入れていたが、朝鮮戦争に絡む国際制裁を受けて、カナダからの調達に切り替えた。国際政治の荒波にもまれる小さなしょうゆ会社は、中国と欧米の間で揺れ続ける香港の歴史を映している。
(香港=木原雄士)
[日経MJ 2020年10月11日付]
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