映画音楽の巨匠モリコーネ逝く 美しくも奇妙な響き
イタリア出身の作曲家で、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネが6日、91歳で亡くなった。その影響は映画界だけでなく、音楽界に幅広く及ぶ。音楽ライターの黒田隆憲氏が解説する。
ついにこの時が来てしまった。これまで500作以上の映画音楽を手がけ、映画音楽作曲家としては史上2人目となる「アカデミー賞名誉賞」を獲得したモリコーネが逝去した。
著名人が賛辞の声
その一報が伝えられるとすぐ、クエンティン・タランティーノやエドガー・ライト、ジョン・カーペンターら映画監督をはじめ、「ダーク・ナイト」のサントラなどでも知られるハンス・ジマー、ヘヴィメタル・バンドのメタリカ、ゲーム・クリエイターの小島秀夫ら多岐にわたる著名人たちが、稀代(きだい)のマエストロに対し追悼と賛辞の声を寄せている。
筆者が初めてモリコーネの音楽に触れたのは、小学校3年生の頃。劇場で初めて観(み)た洋画「オルカ」の中でだった。当時イルカやクジラなど海の哺乳類に夢中だった私は、新聞の広告欄を見て「シャチの映画だ!」とワクワクしながら観に行ったのに、蓋を開けてみればガチのホラー映画で終始震え上がっていたのを未(いま)だに覚えている。中でも印象的だったのが、作中で流れていた音楽。心が凍(い)てつくほど悲しげなメロディを、すすり泣くような女性コーラスが歌い上げるそのメインテーマは、いつまでも頭の中から離れなかった。
中学生になり、友人に誘われ観に行った「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」も忘れ難い。当時はまだモリコーネはおろか、監督のセルジオ・レオーネも主演のロバート・デ・ニーロさえよく知らなかったが、この映画に衝撃を受けてデ・ニーロの過去作を辿(たど)ったり、レオーネのマカロニ・ウェスタン3部作(「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」)を調べたりしていくうちにどんどん映画にハマっていったのだから、筆者の人生の節々で、常にモリコーネの音楽が鳴り響いていたといっても過言ではない。
誰もが一度は耳に
モリコーネの代表的な仕事といえば、先に挙げたレオーネの一連の作品と共に忘れてはならないのが「ニュー・シネマ・パラダイス」だ。アカデミー賞外国語映画賞にも輝いた、イタリア出身のジュゼッペ・トルナトーレ監督によるこの作品には、過去の名画や映画館に対する愛情が、美しく叙情的な音楽に彩られながら随所に散(ち)りばめられている。
また、マカロニ・ウェスタン3部作に大いに影響を受けたクエンティン・タランティーノは、そのありったけの思いを「キル・ビル」や「ジャンゴ」といった作品にぶつけているが、2015年の映画「ヘイトフル・エイト」ではついにモリコーネ本人をサントラに起用。モリコーネにとってはこれが初のアカデミー賞作曲賞受賞作品にもなった。
他にも、ジョン・ブアマン監督作「エクソシスト2」やブライアン・デ・パルマ監督作「アンタッチャブル」、ジョン・カーペンター監督作「遊星からの物体X」など、モリコーネが関わった映画は枚挙に暇(いとま)がない。おそらく、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
口笛やハープシコード、女声コーラス、さらには銃声や教会の鐘、鞭(むち)がしなる音までをも取り込んで、ケレン味たっぷりのメロディを紡ぎ出すモリコーネの音楽は、映画だけでなくポップミュージックの世界にも計り知れない影響を与えている。イギリスの音楽家ショーン・オヘイガン率いるハイ・ラマズや、グラミー賞アーティストであるベックらの音楽を聴けば、そこには「モリコーネの遺伝子」が色濃く受け継がれていることに気づくはずだ。
美しくもどこか奇妙でイビツな音楽を作り続けた巨匠に、心から哀悼の意を表したい。
[日本経済新聞夕刊2020年7月21日付]
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