たくあん入れて薄く焼き上げる 浜松の遠州焼き
小麦粉を主原料とする料理を指す「粉物」。関西のお好み焼きを思い浮かべる人も多いだろうが、浜松市を中心とする遠州地域(静岡県西部)にも粉物文化がある。その名も「遠州焼き」。たくあんを入れ、薄く焼き上げるのが特徴だ。たくあんが各店の味に彩りを添え、「ソウルフード」として地元住民に愛されている。新型コロナウイルスを踏まえ、各店とも感染防止策に努めながら、徐々に通常営業に戻りつつある。
JR浜松駅から徒歩20分ほど。地域の有力企業であるスズキの創業地に程近い浜松市中区相生町の「お好み焼 大石」は1949年創業の老舗だ。コロナ禍の影響もあったが、ほぼ通常営業に戻った。
ここの遠州焼きは生地がふんわりと軽い口当たり。細かく刻んだたくあんは素朴な甘みがあり、どこか懐かしい味だ。卵を入れない昔ながらの「素焼き」もある。先代から味を引き継ぎ、店を長年切り盛りしてきた大石照子さんは「味を変えないように努めてきた」と話す。昔ながらの味を守り続ける。
遠州焼きのルーツは戦後の食糧難時代にあるともされる。誰が入れたか謎とされるが、たくあんは必須の食材だ。地元の三方原特産の大根を漬けたたくあんが手軽に手に入る。歯応えや腹持ちを良くしようと、自然と入ったのではないかと考えられる。
遠州焼きはもともと地元でお好み焼きと呼ばれた。浜松市のソースメーカー、鳥居食品が10年ほど前にB級グルメとして売り出すため、日本コナモン協会(大阪市)の指南を受け、遠州焼きと名付けたのが始まりだ。
高校が集まる同市中区布橋にある「ぬのはし」。同店の遠州焼きはふっくらした生地の中に大きなたくあんがゴロゴロと入り、食感がクセになる。甘めとしょっぱめの2種類のたくあんを絶妙なバランスでブレンドしている。ボリュームもたっぷりで、店主の娘で店を手伝う山口知子さんは「高校生ら食べ盛りのお客さんが多く、ついつい大きくなっちゃう」と笑う。
「か祢古(かねこ)」は1949年ごろに創業した老舗。小麦粉を薄く溶いた生地が通常のお好み焼きに比べ水分が多いのが特徴だ。たくあんはできる限り細かく刻み、隠し味にする。油を使わずに薄く焼き上げ、3枚に折り重ねて出来上がる。店主の金子秀克さんとともに夫婦で店を営む映子さんは「素材の量のバランスとシンプルな味付けが大事」と語り、上品な味わいにつながっている。
各店とも個性的な味を競っている。コロナ禍が落ち着いたら、足を運んでみてはいかがだろうか。
遠州焼きは関西のお好み焼きに比べ薄い。これには両者の歴史の違いがある。遠州のお好み焼きを調査した鳥居食品の鳥居大資社長の見方だ。関西はお好み焼きが主食や主菜に変わっていく中で厚みを増していった。一方、遠州焼きは年配の人には駄菓子屋で味わった懐かしい味だが、小腹がすいた時のおやつであり続け、厚くならなかったという。このため、関西のお好み焼きには濃いソースが合うが、遠州焼きは生地の味を邪魔しないウスターソースが適している。しょうゆで食べる人もいる。
(浜松支局長 新沼大)
[日本経済新聞夕刊2020年7月2日付]
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