『ファーブル昆虫記』の好奇心 採集の楽しさを広げる
国立情報学研究所所長 喜連川優氏
喜連川優氏と座右の書・愛読書
きつれがわ・まさる 1955年大阪市生まれ。83年東大博士修了。97年東大生産技術研究所教授(現在も兼務)。2013年から現職。データベース研究で受賞多数。
小・中学生のころ住んだ兵庫県西宮市や神奈川県鎌倉市は周辺に緑が多く、父に連れられカブトムシやオニヤンマなどをよく捕りに出ました。チョウの標本づくりに使う展翅板(てんしばん)を都心の百貨店まで買いに行き、標本箱がいまも20以上残っています。
昆虫は現代風にいうならマイクロロボットです。肢や節などを精妙に動かしてスイスイ飛び、チョウの羽の鱗粉(りんぷん)も美しい。なぜこんな動きをし、美しいのか。子どもの好奇心をくすぐられました。当時、愛読したのが『ファーブル昆虫記』です。セミのそばで大砲を撃っても逃げないので、セミは耳が聞こえないと考えたという逸話など、自然への素朴な好奇心にあふれています。
中学の英語の授業で先生がキング牧師の演説テープを聞かせてくれて以来、伝記が好きになりました。奴隷制に反対し、弱者を守ろうと信念を貫いた米大統領の伝記『エイブ・リンカーン』やマザーテレサ、ナイチンゲールらの偉人伝をよく覚えています。教科書のない新しい世界を描き、実行する勇気について考えさせられました。
1970~80年代、コンピューター科学の主流はいかに速く計算するかでした。米クレイ社のスーパーコンピューターを代表に少しでも速く計算する技術を競っていた。多くの研究者が既におり、教科書のない、もっと根源的に新しい世界はないかと思いました。
恩師の元岡達先生(故人)より「コンピューターの特長は人間よりべらぼうに速く計算する、すごくたくさん覚えられる(情報を管理する)ことの2つだ」と習い、覚え・思い出すことに広大で未知の世界や夢があると感じました。IT(情報技術)がこれほど進化するとは予想しませんでしたが、データが重要な要素になるという予感はありました。たまたま生きている間にビッグデータの時代になりました。
ITの研究は変化がめまぐるしく、知識が書物になるときには既に時代遅れです。日本人が海外で発表することもまれな時代、トップクラスの国際会議で毎年論文を発表しようと決意しました。大赤字でしたが、毎年発表していると少しずつ仲良く議論してもらえるようになり、最先端の情報源は本ではなく研究者との会話になりました。
ただ、新しい領域を学ぶ際など本は必須で、その様態は様変わりすると思います。知識や情報が爆発的に増える時代を迎え、それを咀嚼(そしゃく)する人間の脳がネックとなっています。ならば、単位時間当たりの咀嚼量を最大化するメディアへと変貌すると予見されます。