里山里海の豊かな食材と地産のこだわり 石川・能登丼
能登半島の先端に近い奥能登の石川県輪島市、珠洲市、穴水町、能登町の飲食店約50店が2007年からキャンペーンを展開するご当地グルメがある。食材から器、箸まで地元産にこだわった「能登丼」だ。世界農業遺産に認定される能登の里山里海は景観ばかりでなく、豊かな食材も魅力。足元は新型コロナウイルスの影響でブレーキがかかったが、各店とも消毒の徹底など感染防止策を講じながら誘客にアイデアを競う。
石川県がブランド和牛として振興策に努める「能登牛」。きめ細かな肉質への評価は高いが、年間出荷量はようやく1000頭規模になったばかりだ。県外にほぼ出回らない希少な能登牛をふんだんに使えるのは地元の強みだ。
「レストラン浜中」(珠洲市)はご飯を覆い隠すようにローストビーフを盛り付けた丼を提供する。自家製ローストビーフに使う部位は主に赤身のモモ肉。1切れ目を食べて驚くのは肉の軟らかさだ。「赤身は歯応え」との先入観は覆り、軽くかむだけで口の中にうまみが広がる。2切れ目はタレをかけて。地元特有の甘めのしょうゆをベースにしたタレは肉やご飯の味を引き立てる。最後に温泉卵を崩し、肉と絡めながら食べると満足感がさらに高まった。
キャンペーン開始当初から参加する同店。冬は香箱ガニと呼ぶメスのズワイガニ、夏は岩ガキを具材に使う。店主の浜中康男さんは「能登の食材は豊富。コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ体験しにきてほしい」と話す。
「能登前幸寿し」(穴水町)は海鮮丼が売り物。10種類以上の地元産魚介類で彩り、食欲をそそる。定番ネタは甘エビやサザエ、地元でフクラギと呼ぶブリの子。イカは季節ごとに種類を使い分ける。店を訪れた日はそろそろ名残の時期だったサヨリが絶品の味わい。初めて食べたサバの卵の煮付けもタラコに似た食感ながら、独特の風味が新鮮だった。店主の橋本忍さんは「冬はタラの白子や自家製カラスミも使う」と語る。
能登町の小木漁港は国内有数のイカの水揚げを誇る。同町の「汝惚里(なぽり)ダイニング」が着目したのは地元特産のイカ。同店の主人、橘豊毅さんは元漁師で、イカ釣り船で働いた経験などからアイデアが浮かんだ。ポイントはイカをそぼろ状にしたこと。「歯が弱ってイカは食べにくいという高齢者に好評だ」(橘さん)。甘じょっぱく煮たイカは細かくてもムチッとした食感を残す。汁物の具材のイカ団子も風味十分だ。
能登丼には定義がある。白米は奥能登産コシヒカリを用い、その上にのせる食材は地元で取れた魚介類や肉、野菜に限る。器に使うのは輪島塗と珠洲焼、能登町の合鹿地区で作る漆器わんだけで、箸は輪島の塗り箸か地元森林組合による木製箸。箸は記念に持ち帰ってもらう。
キャンペーン当初、年間4万食台だった販売量は観光客の増加で8万食ほどに増えた。コロナ禍は痛手だが、5月には週末限定でドライブスルー形式での販売に着手し、地元客向けに3000食以上が売れた。
(金沢支局長 沢田勝)
[日本経済新聞夕刊2020年6月18日付]
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