世界の「今」映す在宅映画 コロナ禍、監督が続々制作
新型コロナウイルスの感染拡大で外出できない世界の監督たちが、続々と在宅で映画を撮り、配信している。やむにやまれぬ創作意欲と、世界の「今」がそこに映っている。
マスクの男がノックする。少し開いた扉から助手が体温計を突き出す。監督が迎えるが、差し出された手は握らない。打ち合わせ前に、盆にのせた消毒液が出てくる。タブレットの画面に触れた指はすぐ洗う。
窓の外は青空だ。映写室の2人は茶を飲み、映画に見入る。波打つような群衆がみな笑っている……。
22人の短編配信
中国のジャ・ジャンクー監督「来訪」。ギリシャのテッサロニキ国際映画祭の求めに応じて撮った約4分の短編で、4月21日にユーチューブで公開された。どの国でも日常となった光景が白黒でリアルに写され、花と空と木だけに鮮やかな色がつく。今の世界とジャの資質がよく表れている。
同映画祭は世界の監督に在宅での短編制作を呼びかけた。条件は家の環境と人々、動物を使って撮ること。屋外ならテラス、庭、バルコニー、外階段まで。現在はジャをはじめスペインのアルベルト・セラ(「ルイ14世の死」)、ハンガリーのイルディコー・エニェディ(「心と体と」)ら、22人が撮った短編を配信する。
どの監督もコロナ禍の今を映しつつ、個性豊かだ。米国のジョン・キャロル・リンチ(「ラッキー」)は家で独り体操や掃除をしながらシェークスピアを朗読する。北マケドニアのテオナ・ストゥルガル・ミテフスカ(「ペトルーニャに祝福を」)の作品ではビニールハウスの中に閉じこもる家族とおぼしき数人が仮面を付けて、めいめいに踊る。
日本でも多くの監督が在宅で作った映画を発表している。先陣を切ったのは行定勲。柄本佑、高良健吾、有村架純ら俳優6人を起用した「きょうのできごと a day in the home」を4月24日に配信した。高校の同窓生という設定の5人の男がオンライン飲み会で映画談議をしている。話題はそれぞれが付き合った女性へと移るが、どうも奇妙だ。そこにもう一人の同窓生、有村が加わる……。
5時間で撮影
行定は4月と6月に予定していた新作2本が公開延期となった。ダメージは大きく、落ち込みながらも「これまで通りには戻らない。この状況を乗り切った人間だけが次の映画を作れる。こんな時こそ底力が試される」と考えた。そういえば俳優も家にいる。高良に電話し、柄本も賛同。ヒロインは誰にしようとみなに相談し、ダメ元で有村に頼んだらOKしてくれた。
約45分の中編。1回リハーサルをして、ノーカットで3回撮影。準備も含め5時間で撮った。脚本はあるがアドリブも生かした。役者の個性も恋愛映画の名手・行定の個性も鮮明だ。
「フットワークよくやることで、2020年ってこうだったねとわかる」と行定。5月17日には中井貴一と二階堂ふみが共演する第2作「いまだったら言える気がする」を配信。緊急事態宣言解除後の恋人たちを描く第3作も準備中だ。
若手監督の集団「SHINPA」も在宅映画を制作。今泉力哉、松居大悟、菊地健雄、深田晃司ら24人の作品を1日から1本ずつ配信した。コロナ禍の現実と非現実が交錯する岩切一空、人々のいらだちを活写した近藤啓介、独身女性の生活がリアルな佐津川愛美らの多彩な作品がそろう。
呼びかけ人で自身はクレイアニメを撮った二宮健は「5月に撮影入りするはずの映画が延期になり、今できることはないかと考えた。みな同じことを考えていて、やろうやろうとなった。24本は全然似てないが、どれも今しか撮れないものを模索している」と語った。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2020年5月26日付]
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