オンライン診療で医師と患者つなぐ 薬剤師の経験活用
MICIN 田中繭那さん
マイシンの田中繭那さん
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、スマートフォンで医師の診察が受けられるオンライン診療が注目を集めている。業界大手のMICIN(マイシン、東京・千代田)でオンライン診療システムの営業の最前線に立つのが田中繭那さん(37)だ。医療者と患者、双方の視点を大切にし、医師の心をつかんでいる。
田中さんは大手製薬会社で医薬情報担当者(MR)を務めた後、薬剤師に転じた。調剤薬局の現場で感じたのは業務効率の悪さ。田中さん自身は患者との対面業務が好きだったが、調剤業務に時間を奪われがちで、「電子お薬手帳」など服薬を支援するツールも普及していなかった。
「IT(情報技術)で医療をもっと効率化できないか」。そう考えて転職を決意し、たどりついたのがマイシンだった。2018年12月に入社すると、オンライン診療システム「クロン」の営業を任された。診療所向けの営業が田中さんの主担当で、メンバーは病院担当チームを合わせても8人という少なさだ。
心がけているのは、診療所では医師は「医療従事者」であり「経営者」でもあるという側面に目を向けること。オンライン診療には、定期的な通院が必要だが、途切れがちな患者の治療を続けやすくするメリットがある。「医療者の課題に正面から向き合うシステムだと丁寧に説明している」(田中さん)。
一方で、オンライン診療は医療機関にとって収入の仕組みが複雑だ。医学の知識は豊富でも「診療報酬には詳しくない医師が少なくない」(同)。田中さんはシステムの提案や使い方の説明だけでなく、診療報酬についても分かりやすく伝えている。会計を扱う事務系職員への説明も欠かさない。
患者目線も大切にしている。田中さん自身、小学生の子供がおり「自分の体調が少し悪いくらいでは病院に行けない」と言う。そこで自らがオンライン診療の利用者となり、営業でもその体験や実感を語るようにしている。
営業手法は電話やメール、学会への出展が中心だ。ただ全国に商圏を広げるには限界があった。そこで19年春から田中さんが先頭に立って導入したのがオンライン会議システムだ。当初は「画面の向こうから見ず知らずの私が現れ、不審がられることもあった」と言うが、北海道から沖縄まで全国の診療所に営業をかけやすくなった。
提案される医師にとっても営業担当者を「患者」に見立てれば、オンライン診療の予行演習になる。画面を共有し田中さんが患者役となってオンライン診療のデモを行うことで、使い勝手を手軽に試してもらえるようにした。
こうした試みは今年に入り、新型コロナの感染拡大という状況下で真価を発揮している。厚生労働省が感染拡大防止のためオンライン診療の規制を緩和。すると導入の問い合わせが10倍以上に増えた。
当初は1日15人もの医師に個別にオンラインで面談していたが、限界がある。「営業手段を抜本的に変えよう」(田中さん)と、ウェブセミナーに切り替えた。すると一度に100人以上の医師を相手にできるようになり、営業の効率は一挙に高まった。
その場で説明したシステムの使い方などを後から復習できる動画も作成し、1日に数十件の契約が得られるようになった。田中さんの入社時に約700だったクロンの導入施設は3500を超えた。
社内に一声掛ければサービスをすばやく改善できるチーム力も強みだ。今回の規制緩和では、診療所が薬局に処方箋をファクス送信する機能を開発チームが数日で完成させた。20~30代のITやサービスに精通した人材が多いことは心強いと田中さんは話す。
将来の夢は「離島で薬局を経営すること」。趣味のダイビングで沖縄県などの離島に足を運ぶうち、現地の医療環境が気になるようになった。離島の人々が専門医の診療を受けるのは容易ではない。ITを駆使し、地域医療のハブとなる薬局をつくりたいと考えている。
(大下淳一)
2007年にエーザイ入社。医薬情報担当者(MR)を務める。11年から調剤薬局で薬剤師として勤務。18年にマイシン入社。オンライン診療システム「クロン」の診療所向け営業チームのリーダーに。