日本酒に引き出された野菜のうまみ 東広島の美酒鍋
広島駅からJR山陽線に揺られて約30分、広島県東広島市西条地区は明治以来、酒造りで栄えた街だ。西条駅を線路沿いに東へ3分ほど歩くと、レンガ煙突や白い漆喰(しっくい)壁、古い家屋が立ち並ぶ酒蔵通りが現れる。
この「酒の街」の名物料理が「美酒鍋」だ。「びしょなべ」が本来の呼び方で、戦後に杜氏(とうじ)や蔵人(くらびと)が作業の合間に食べる質素な料理として誕生した。蔵を訪れたお客に振る舞ったところ好評だったことから、材料も多彩にして店で提供するようになったという。
そこで、発祥となった「佛蘭西屋」を訪ねた。地区を代表する酒造会社、賀茂鶴酒造の直営レストランだ。
まず出されたのが豚肉や鶏砂肝、鶏もも肉、野菜がこんもり盛られた皿。店員が鍋に火をかけ、まず肉を焼き、塩、こしょうをまぶす。これに野菜も加えたところで登場するのが賀茂鶴上等酒。鍋にじょぼじょぼと注ぎ込み、水気がなくなるまで炒め煮していく。沸騰してアルコール分は飛ぶので、酒が苦手な人や子供でも問題なく楽しめる。
約10分でできあがり。同席してもらった賀茂鶴酒造の石井裕一郎専務から「日本酒のうまみが野菜のうまみを引き出すんです。どうぞ食べてみて」と勧められるままに口に入れると……。「ホントだ。うめぇー」。味に鈍感な筆者も思わずつぶやいた。隅々に眠っていた野菜の成分が酒の魔力で丸ごと引き出されたかのようで、野菜との全く新しい出合いが感じられた。
もちろん、お酌して飲む酒もうまい。席の横には数え切れないほどのおちょこが並ぶ。気に入った絵柄を選び、チビチビ味わうのも楽しい。
西条駅から西に歩いて5分。「割烹(かっぽう)しんすけ」では前日までに予約すれば、「美酒鍋ランチ」を楽しめる。季節ごとの瀬戸内の魚介・野菜を使った小鍋がメインで、刺し身や茶わん蒸しなども付く。鍋は好みによってポン酢で味付けでき、ご飯も進む。山陽鶴酒造の古い建屋を改装。酒蔵の雰囲気も味わいながら楽しめる西条ならではの店だ。
広島市内でも提供する店は多い。原爆ドームの近くにある「じょうや」は1人前から注文できる。広島産食材にこだわった店で、観光や出張の合間に気軽に立ち寄れる。
盆地である西条地区は周囲の山からもたらされる水がおいしく、酒造りの発酵や貯蔵に適した環境だ。水質にあった「軟水醸造法」が明治半ばに開発されて以降、多くの蔵が酒造りを競い、灘や伏見と並ぶ「三大銘醸地」とされるようになった。地域最大のイベントは毎年10月上旬の週末に開く「酒まつり」。何よりも酒を飲むことが歓迎され、毎年20万人を超える人出でにぎわう。全国1000銘柄の地酒を試飲できる会場のほか、各蔵元が施設を開放して自慢の酒を振る舞う。
(広島支局長 北村順司)
[日本経済新聞夕刊2020年4月23日付]
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