在宅の社員は元気? AIで見える化、うつ防ぐ試みも
「心身共に健康が一番」。わかってはいても、職場などで気付かぬうちに身も心もむしばまれていく人は多い。新型コロナウイルス感染症対策で在宅勤務や外出自粛が増え、コミュニケーションが減りがちな現在は、なおさら健康管理が大切だ。社員の健康度や幸福度を「見える化」することによって高め、組織全体の活性化にも生かそうという試みが始まっている。
「今日はマスターだ」「昨日は名人だった」。野村証券の社員は社内ネットの専用画面で毎日、登録者の「健康総合ランク」を見られる。上位には名称を付け、社員が楽しみながら健康管理に役立てている。
サービスを提供するのは社内のビジネスコンテストをきっかけに設立した野村ホールディングスの関係会社WellGo(東京・中央)だ。健康診断結果に毎日の歩数、出退勤時刻などのデータを加味し、総合得点と順位を出す。運動を補うために多めに歩くと「よく歩きましたね」などとメッセージが届き「励まされる」と社員の評判はよい。
人工知能(AI)が健康状態から推定してはじき出す「AIカラダ年齢」も通知する。身長、体重、これらから肥満度を示すBMI、コレステロール値、中性脂肪など約10項目を使う。匿名化された日本人400万人分の健診データなどを基礎にしている。
40歳代で実年齢よりも4~5歳高いカラダ年齢になる人が多い。「数値には本人に訴える力がある。増えだしたら、少しでも早く運動や生活改善などの行動を起こしてほしい」(WellGoの楠本拓矢最高技術責任者)
近年は「部署が細分化され(人の出入りの管理など)セキュリティーが厳格になって社員の交流が減るケースもあり健康状態が見えにくい」(水野晶子・厚生課課長)。WellGoのような健康情報基盤があると健康上の問題を可視化でき、悪化する前に兆候をつかめる利点がある。
ただ、心の健康は把握が難しい。厚生労働省は労働安全衛生法に基づき年1回のストレスチェックを義務付けている。野村でもチェック項目を100近くに増やして実施しているが、健康ランクのようなわかりやすい数値情報の提供はできていない。
うつ症状などのため仕事がはかどらない人が、一定数いるのは多くの企業に共通した悩みだ。症状の悪化による休職や自殺を防げないか。そんなニーズに応え、心の健康を測定する試みが出てきた。
社員のストレスなどは人間関係、仕事量などによって常に変化し、アンケートではとらえにくい。そこで、パソコン内蔵のカメラや腕につけるウエアラブル・デバイスを使い、本人も意識しないうちに継続して関連データを取得する。
慶応大学の岸本泰士郎専任講師らは日常生活で心拍や発汗量を測り、ストレスの変化などをつかもうとしている。野村証券を含む大手や中堅企業11社の249人が参加したプロジェクトで、有効性を確認できた。
心拍はパソコンのウェブカメラがとらえる作業者の画像をもとに、簡便な方法で測る。反射する光から血管が膨らんだりしぼんだりするのがわかり、これにより計測できる。心拍変動と自律神経系の働きやストレスの度合い、幸福度との間には有意な関係があった。
将来は得られたデータをもとに、機械学習によって心拍変動から高ストレス状態を検知し異常を知らせられるシステムもめざす。プロジェクト参加者は200人の目標を上回り、企業は当初の2社から大幅に増えるなど「関心の高さがよくわかった」(岸本氏)。
サイバーエージェントのグループ企業で結婚情報サイトなどのウエディングパーク(東京・港)からは5人が参加した。中堅の30代の男性社員は「自分の現状をデータから認識して業務を改善するなどセルフマネジメントに役立ちそう」と振り返る。
同社は業容拡大に伴い社内の風通しが悪くなってきたとの危機感から、AIを使った組織改善サービスなどを利用してきた。心の健康についても「定量的なデータを活用できないか」と検討中だ。慶大発ベンチャーが実用化を進める。
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「新型コロナでうつ病増」の指摘も
新型コロナウイルスの感染拡大により在宅勤務が長引くと、うつ病などを理由にした休職者が増えるのではないか。慶応大医学部の泉啓介医師は、これまでの経験から予想する。
首都圏のサービス、IT(情報技術)、建設関連企業などで産業医を務めており、もともとここ10年ほどは「うつ病が増えている印象がある」という。目立つのが早い段階からインターネットを使ったテレワークを導入している企業だ。新型コロナ対策を機に新たにテレワークを始める企業では、環境変化がストレスを生む可能性があるとみる。
悪化を防ぐのに効果的なのは早期発見だ。質問紙によるストレスチェックでは本人が主観的に回答するため兆候をつかみにくいが、システムへのログインの遅れなどがきっかけで発覚する場合が多い。治療の継続も大切だが、新型コロナ感染を心配して患者が医療機関の受診を避けるケースが出ている。精神面のケアが在宅で可能なよう遠隔診断・治療の普及が望まれる。
(編集委員 安藤淳)
[日本経済新聞朝刊2020年4月20日付]
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