改革開放と社会の変容 50代の監督たちが描く中国映画
中国の第6世代の監督たちがそれぞれの現代史を撮った。1990年代にインディーズとして世に出た俊英も50代。改革開放の進展に伴う中国社会の変容ぶりを、個人の視点から見つめている。
同じ国有工場の宿舎に住み、同じ日に生まれた息子をもつ2組の夫婦。義兄弟の契りを結んだ2家族だが幸福な日々は続かなかった。片方の妻が第2子を身ごもるが、工場の一人っ子政策に従って中絶。夫婦は模範労働者として表彰されたが、そのために改革に伴うリストラにあう。そして一人息子が死ぬ……。
「一人っ子」で明暗
60年代から70年代初めに生まれ、90年代以降に台頭した「第6世代」と呼ばれる監督の一人、ワン・シャオシュアイ(53)の「在りし日の歌」(公開中)は、一人っ子政策で明暗を分けた2つの家族を通して、80年代半ばから30年間の中国社会の変容を描き出す。
「一人っ子政策が2015年に終了し、一つの時代が終わったと思った。それは人類の歴史で前例のない特別な時代であり、文化大革命以降の社会の変化と関係している。中国人が経験したあの転換期、特別な時代を記録しなければならないと感じた」とワン。
映画は時の流れを庶民の視線から描く。ワンは「私的な物語によってのみ、社会や歴史、現実の全体が映し出される」と主張する。
ロウ・イエ(55)の新作「シャドウプレイ」(昨年末の東京フィルメックスで上映)も、80年代末からの30年間を描く。主な舞台は広州。高層ビルに取り囲まれ、そこだけ時が止まったような、住民の立ち退きを待つ"村"で暴動が起き、市当局の責任者が殺される。そこから30年間の改革開放の闇の部分が浮かび上がる犯罪サスペンスだ。
ロケ地は広州中心部に実在し、実際に暴動が起きた村。「この土地に出合わなかったら撮らなかった。政治家や実業家の関係が入り乱れた中国の標本のような場所だ。30年前から現代の中国まで5分で行けるので、時代のスピードの速さも感じられる」とロウ。「そこにジャンル映画を持ち込むことで、個人的なことが描けた」とも。
同世代のワン・ビン(52)の8時間を超すドキュメンタリー「死霊魂」(6月公開)は50年代末の反右派闘争で強制収容された人々へのインタビューで構成する。砂漠の収容所で飢餓を生き延びた人々が当時を振り返ることで、今日に至る現代史が浮かぶ。
「中国では50年代から80年代にかけての30年間の歴史は不透明でゆがめられたものしかなく、真の歴史の記録は欠落している。私はその欠落した歴史を個人の立場で考え、記録したいと思った」とワン・ビン。遅れて大学に入ったため、第6世代とは距離を置くが、問題意識は通底する。
第6世代を代表するジャ・ジャンクー(49)も「山河ノスタルジア」(15年)、「帰れない二人」(18年)と、00年前後からの時代の流れに個人の視点から迫る作品を続けて撮った。
ワン・シャオシュアイ、ロウ・イエ、チャン・ユアン(「北京バスターズ」「広場」)は89年に北京電影学院を卒業した同期生。文革後の学院再開時の78年に入学したチェン・カイコー、チャン・イーモウら第5世代は撮影所で短期間に監督に昇進し、すでに名声を得ていた。一方、第6世代の多くは自力で資金を集めた自主製作映画で世に出た。検閲を受けないアンダーグラウンド作品のため国内で上映されなかったが、海外で評価された。「当時は中国のあらゆる面で改革の兆しがあったが、映画だけが計画経済の状態にあり、若い世代が自由に映画を作るのは難しかった」とワン・シャオシュアイ。
時の流れを追う
ジャ作品のプロデューサーの市山尚三は「第6世代は文革のころは子供で、開放経済の中で多感な青春を送り、天安門事件でショックを受けた。下放を経験した第5世代と違い、個人の視点で今を描いてきた」とみる。ワン・シャオシュアイも「私たちの世代は、前の世代のような国家的、マクロ的な観点でなく、個人的な観点から切り込み、私的で生活に根付いた態度で創作する」と言う。
変容する社会の現実を生々しく描いてきた第6世代も50代を迎え、スケールの大きな作品で、過去からの時の流れを追うようになった。ただ「あくまで個人の視点から歴史に迫っている」と市山。そこには中国の現在がより鮮明に映る。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2020年4月13日付]
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