スペイン風邪から学ばなかった 歴史人口学者の警鐘

20世紀初頭のスペイン・インフルエンザは広範囲に広がった(画像=PIXTA)
20世紀初頭のスペイン・インフルエンザは広範囲に広がった(画像=PIXTA)

人類とウイルスとの戦いは両者が存在する限り永久に繰り返される――。近代以前の人口動態をデータを使って解明する「歴史人口学」の先駆者で、昨年12月に死去した速水融・慶応大学名誉教授は『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店、2006年)でこんな警告を発している。

同書では、1918年に発生した新型インフルエンザ(通称スペイン風邪)の流行や被災の状況を、各種の文書、公表資料や新聞記事を基に日本の事例を中心に詳細に記した。速水氏は遺作となった自叙伝『歴史人口学事始め』(ちくま新書、20年2月)で、日本ではスペイン・インフルエンザに関する研究はほとんどなく、文献も翻訳を除いて、ごく最近まで出版されていなかったと指摘し、歴史学者の使命と受け止めながら研究に取り組んだ経緯を明らかにしている。

出来事の歴史を追う著作の執筆は同氏にとって初めてでもあり、完成までに3年を要した。「史料収集と整理と集計をうまずたゆまず実行し、斬新な発見を世に問う研究スタイル」(同氏の指導を受けた斎藤修・一橋大学名誉教授)が専門外の研究でも威力を発揮したといえる。

速水氏の推計によると、スペイン・インフルエンザによる死者は、日本では約45万人に達した。政府や医学界は予防ワクチンの注射を勧め、通告を出してマスクの使用、うがいや手洗いの励行、人混みを避けるといった対応を繰り返し促した。小中学校は感染者が出れば休校に。満員電車の乗客には車内での感染の危険性が非常に高かったにもかかわらず、全く規制しなかったという。何の準備もなかった当時の事情を考慮すれば、日本は「何とかやりくりして、最悪の事態を回避した」と評価しつつも「すべてに効果があったわけでもなかった」と分析している。

「とにかく早く忘れてしまいたい」という気持ちが日本人の底に流れていたためか、「日本はスペイン・インフルエンザからほとんど何も学ばなかった」と、むしろ収束後の対応を問題視している。「医学上はもちろん、嵐のもとでの市民生活の維持に、何が最も不可欠かを見定める」ためにも、過去の災禍から学べという同氏の訴えが重く響く。

(編集委員 前田裕之)

[日本経済新聞2020年3月28日付]

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争

著者 : 速水 融
出版 : 藤原書店
価格 : 4,620円 (税込み)

歴史人口学事始め

著者 : 速水 融
出版 : 筑摩書房
価格 : 1,100円 (税込み)

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