ユーモアで苦難を克服 映画になったウルグアイ大統領

民族や宗教対立で故郷の旧ユーゴスラビアが引き裂かれた経験を持つ名匠エミール・クストリッツァ監督(65)。新作は「世界でいちばん貧しい大統領」のドキュメンタリーだ。その思いとは。

公開中の映画「世界でいちばん貧しい大統領」の主人公は、南米ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカ氏(2010~15年在任)だ。12年、国連の持続可能な開発会議で消費至上主義に警鐘を鳴らし「私たちは発展のためではなく、幸せになるために生まれてきた」とスピーチ。世界の注目を集めた。

給料のほとんどを貧しい人たちに寄付し、80歳を過ぎた今も在任中と同じようにトラクターを運転して農業に汗を流す。ノーベル平和賞の候補に挙がったこともある。

丸々とした体と人懐こい笑顔がトレードマークのムヒカ氏。クストリッツァ監督は初めて会った瞬間、「人間同士の温かなふれあいを感じ、何があろうとも彼の映画を作ろうと思った」と振り返る。

トラクターに乗ったムヒカ氏の写真を見て「腐敗していない政治家」と直感。「小さな国の大きな人物という印象で、すごくわくわくした」という。「ムヒカさんの周囲から映画制作を持ちかけられた。私の映画を見たり自伝を読んだりして、義兄弟のような近しいものを私に感じてくれたようだ。彼らが私を見つけてくれたことで今回の映画が実現した」と打ち明ける。

「かねて『この人のためなら』と敬愛の念を持てる人物がいれば、献身的に何でもやりたいと願っていた。彼がまさにそうだった」とも語る。

独裁政権と闘う

穏やかな表情が印象的なムヒカ氏だが、苛烈な半生を送ってきたことでも知られる。貧困家庭で育ち、社会主義革命を目指す極左ゲリラ組織に参加。銃撃で重傷を負い、逮捕や脱獄を重ねた。1970年代に入ってウルグアイが軍事独裁政権となると、独房に入れられ、心身両面で虐待を受ける。72年に出会ったルシアさんと結婚したのは33年後のことだ。

一方、クストリッツア監督も波乱の運命に見舞われてきた。旧ユーゴ(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボ生まれ。連邦が解体される過程で起こった内戦では自宅を略奪された過去を持つ。そんな経験に根ざし、戦争や弾圧の中でもたくましく生きる人々をユーモアを交えながら描き続け、高く評価される。

今作について「政治についての映画をつくるのはギャンブルなんだ。どういう結果になるか分からない」と懸念もあったようだ。「ただ、ムヒカさんは類型化された政治家ではない。古代ローマの政治家・哲学者のセネカの著作に親しみ、苦難をいかに克服するかを説くストア学派の学説を学んでいる。彼は類型化した政治家が持ち合わせていないものをすべて持っている。(映画化にあたり)政治家だからと批判的な目を持たず、ひとりの人間として向き合った」という。

主流派に興味ない

映画の中で、ムヒカ氏は「人生での喪失を知る人の歌だ」と言ってタンゴを口ずさむ。妻ルシアさんへの愛情をのぞかせ「前立腺を患っているから携帯電話にトイレを付けてほしい」と冗談を飛ばす。「音楽」「愛」「ユーモア」はこれまでのクストリッツァ作品にも欠かせない要素だ。

「知的な人間であってもユーモアは必要なものだ。笑いに転化することで生きる希望がわくこともある。ムヒカさんは独房でアリと会話するしかない地獄の体験をしたが、その時に自らを癒やしたのはユーモアだった。そうしたバランス感覚を持つことは大切なこと」と監督。ユーモアの効用を改めて確信したという。

「私は主流派には興味がない。主流から押し出されてしまったような人々に魅了される」と語る。今、興味を抱いている人物を問うと、ブラジルの貧困家庭に生まれ大統領に就くも、その後収監された政治家ルラ氏の名を挙げた。

(文化部 関原のり子)

Emir Kusturica
1954年生まれ。セルビア人とムスリム人の両親を持つ。「パパは、出張中!」(85年)と「アンダーグラウンド」(95年)で2度、カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞。

[日本経済新聞夕刊2020年3月30日付]

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