ベルリン映画祭で最高賞 イラン作品の裏のテーマは?

第70回ベルリン国際映画祭はイランで軟禁状態にあるモハマド・ラスロフ監督が最高賞の金熊賞に輝き、1日閉幕した。映画評論家の斎藤敦子氏が政治・社会的な問題を扱った作品などについて報告する。

 70回の節目を迎えた今年のベルリンは開幕前から波乱含み。映画祭の創設者アルフレッド・バウアーのナチ時代の活動歴が報道され、彼の名を冠した賞の名が変更になった。審査員長ジェレミー・アイアンズは、初日の記者会見で性的虐待、同性婚、妊娠中絶についての過去の発言を謝罪し、訂正した。また開幕の式典の前に、前日フランクフルト郊外で起こったテロ事件の犠牲者に黙祷(もくとう)が捧(ささ)げられた。ベルリンは歴史と政治を抜きに語れない。

死刑や中絶主題

 新アーティスティック・ディレクターに就任したカルロ・チャトリアンは、これまで政治色の強かったコンペをアート色に一新。フィリップ・ガレル、サリー・ポッターら国際的に名高い映画作家の作品を並べたが、審査員団はイランの暗部を描き続けて自宅軟禁状態にあるモハマド・ラスロフの『そこに悪はない』に金熊賞、妊娠中絶をテーマにした『決して、まれに、時々、いつも』に審査員大賞と、アートよりテーマ性の強い、社会的な作品をトップに選んだ。

 『そこに悪はない』は、死刑に関わる人間模様を4つの物語で描く。表のテーマは死刑反対だが、裏に“上から与えられた命令に黙って従うな、反抗しろ”というメッセージが隠されている。テーマは重いが語り口が平易で、ラスロフの作品で最も楽しめた。

 二席の『決して―』は望まない妊娠をした17歳の少女が中絶するためにペンシルベニアからニューヨークへ行く旅を描いたもの。監督のエリザ・ヒットマンは近年注目されているインディペンデント作家で、少女の揺れ動く心の動きを繊細にすくいとっていた。

 ホン・サンス『逃げた女』は、夫の出張中に妻が女友達を訪ねて交わす会話から、登場人物のパーソナリティや関係性を浮き上がらせる。即興演技と長回しでラディカルに自分の映画話法にこだわってきたホン・サンスの監督賞は納得だ。

先鋭的な新部門

 女優賞はクリスティアン・ペッツォルト『ウンディーネ』でタイトル・ロールの水の精を演じたパウラ・ベーアに。男優賞は画家アントニオ・リガブエの人生を描いた『隠されて』で難役を演じたエリオ・ジェルマノに。スターリン時代の全体主義をテーマにした『DAU、ナターシャ』で当時の色調まで再現した撮影のユルゲン・ユルゲスに芸術貢献賞が贈られた。

 今年からエンカウンターズという新しい部門が創設され、日本から市山尚三プロデューサーが審査に参加した。より先鋭的な映画を集めた部門で、一席の作品賞はC・W・ウィンター&アンダース・エドストローム共同監督の『仕事と日(塩尻たよこと塩谷の谷間で)』という京都府塩谷の人々に取材した8時間の長編に授与された。エドストローム監督が夫人の祖父母の住む塩谷で写真を撮ったことがきっかけで生まれた。

 日本からはフォーラムに想田和弘『精神0』、フォーラム・エクスパンデッドに田中功起『抽象・家族』、ジェネレーション14プラスに諏訪敦彦『風の電話』がエントリー。岡山の精神科診療所の山本昌知医師の引退に密着した『精神0』がエキュメニック賞受賞、東日本大震災で家族を失った少女が喪失感に向き合う旅を描いた『風の電話』が特別表彰された。またオン・トランスミッションでは『ワンダフルライフ』が是枝裕和、アン・リー両監督によるトークイベント付きで上映されるなど、例年より本数が少ない日本映画だが、存在感は示したといえるだろう。

[日本経済新聞夕刊2020年3月3日付]

エンタメ!連載記事一覧
注目記事
エンタメ!連載記事一覧