社長のカジダンへの道 育休はフルタイムの重労働
ノバルティスファーマ社長 綱場一成氏
2回目の育休取得に対し、職場のプレッシャーは全くなく、スイス本社の上司も全面的にサポートしてくれた。この2カ月、私は最高財務責任者(CFO)ほか部門の責任者に権限を委譲した。当社は上司と部下の垣根を取り除き、各人がリーダーとして率先して業務にあたる「UNBOSSカルチャー」を推進中だ。今回の権限委譲も一役買ったと自負している。
一方で、周囲の反応が図らずも育休を取りにくくしている現実にも気付いた。知り合いや同僚の何気ない一言が突き刺さるのだ。
「育休中なのは分かるけど、急ぎだったので」と日中に電話が入ったものの、急ぎではない例が何度かあった。「個人的理由で休んでいるなら、仕事を優先させるべきだ」と無意識に考えているのだろう。育休とはフルタイムの重労働であり、世間一般で言う"休暇"では決してないのだ。
多くの人に「綱場さんが育休を取ったことがポジティブに受け止められている」と言われた。裏を返すと世間には育休取得に否定的な人もまだまだいると気付いた。私の立場でそうなら、一般の社員は風当たりをより感じるだろう。
育休生活では初歩的なミスもした。妻から肉と魚を2品ずつネットスーパーで頼むよう指示が飛んだ。家に届いた鶏肉と牛肉、サケとサバを見た妻が「一緒に調理する野菜は?」と一言。職場で「指示待ち人間にはなるな」と言っている張本人が、言われたことだけこなし、指示の先の目的に考えが及んでいなかったのだ。
多くの家庭で妻は指揮命令権限を持たない上司のような存在で、夫は妻がお膳立てしたことをただこなす人になりがちだ。"上司"である妻は夫が家事や育児に主体的に取り組まないことにいら立ちを覚え、夫は指示ばかり受けてうんざりする。この構造的な問題を解決する唯一の道は、夫が指示を待たずに率先して動くことだ。
今回改めて、子育ては肉体的にも精神的にも大変な重労働だと実感した。私は4歳の長男と2歳の次男の世話と家事を担っている。寝かしつける夜9時になっても、こちらが眠いことはお構いなしで2人は絵本やお茶をねだってくる。
公園からの帰り道に居眠りを始めた次男を抱っこすると、それまで平気だったはずの長男まで、嫉妬もあってか抱っこをせがむ。「もうちょっとパパを気遣って」といった言い分は通用しない。まことに不条理な話だが、2人を抱っこして家まで2キロメートル歩いた。
理不尽を楽しめると、ビジネスももっとうまくいくと思う。家で心の平静を保ちつつ子供に接するお父さんも、職場では取引先や部下、同僚に柔軟かつ寛容に対応していないことが多いのではないか。子育ては思い通りにいかないことが多く、だからこそ面白い。多くの子供がすくすく育つ社会を願ってやまない。
東大経済卒。米デューク大MBA取得。総合商社を経て米イーライ・リリーで日本法人糖尿病領域事業本部長や香港、オーストラリア、ニュージーランド法人社長を歴任。2017年4月から現職。48歳。
[日本経済新聞夕刊2020年2月25日付]
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